【企業・団体の感染対策レポート】にもご登場いただいている、MARCOの発起人の一人で代表を務める東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長・教授の井元清哉先生と、リスク学の研究者として参画した花王株式会社研究開発部門 研究戦略・企画部 部長の藤井健吉さんによるスペシャルコンテンツをお届けします。
今回は、東京オリンピック・パラリンピックについて【企業・団体の感染対策レポート】ではご紹介しきれなった話題に加えて、安心できる暮らしに向けてお話いただきました。[取材:2022年3月]
「MARCO」について
リスク学、環境学、医学をはじめとする有志の研究者チーム。『MAss gathering Risk COntrol and Communication』の頭文字から名づけられ、日本語では「大規模集会におけるリスク制御とコミュニケーション」を意味しています。東京オリンピック・パラリンピックにおけるリスク評価のシミュレーションを行い、2021年度の日本リスク学会「グッドプラクティス賞」を受賞。大規模イベントで得た感染対策の知見を活かし、オフィスや学校などの施設における感染対策のリスク評価にも取り組まれています。
―東京オリンピック・パラリンピックにおいて「開会式における感染対策の効果の評価」をはじめ「海外からの来訪者に対する検査タイミングの適切な設定方法」「軽症者待機施設でのウイルス検出技術開発」など多岐にわたる取り組みをされていますが、印象に残っているものを教えてください。
井元清哉教授(以下、井元先生):MARCO立ち上げ時の思いとして「日本で開催するオリンピックなのだから、日本が責任を持って判断しなければならない」というものがありました。競技会場だけにとどまらず、海外から多くの選手・コーチが来日して滞在する中で、「どうしたら感染リスクを下げることができるのか」、どの取り組みも印象的で重要なものだったと思います。
その中で、身近で興味深かったのが、スポーツ観戦時のリスク評価です。観戦時は会話の頻度がリスクに直結しますからね。MARCOでどんなふうに話を進めたかというと、まず「スポーツを観る時に、例えば2人で行ったとしてどれくらい会話するの?」といった疑問から始まり、「どうしたら調べられるだろうか?」「動画サイトで探してみようか?」「でも観戦している人を映している動画なんてあるのだろうか?」と。そうしたなかで、あるメンバーが文献を調べまくって探し出した「複数人でサッカーの観戦をしている時に、1分間あたり何語発話しているか」などについて調査された論文を参考にしました。こんな具合に既存の論文が見つかればいいのですが、シミュレーションに含まれる多数のパラメータのそれぞれの設定について参考になる論文がすでにあるわけではありません。「マスクの感染対策効果はどのくらいなのか」の検討の際には、MARCOメンバーの慶應義塾大学理工学部応用化学科・教授の奥田知明先生が飛沫の計測などを研究されていましたので参考にすることができました。花王さんもマスクによる感染対策の測定を奥田先生と一緒に取り組まれていましたよね。
藤井健吉さん(以下、藤井さん):慶應義塾大学の奥田知明先生と産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、花王と鹿島アントラーズの共同研究で「飛沫抑制と通気性を両立させたマスクの開発と感染予防効果と快適性を評価するプロジェクト」として一緒に研究をすすめました。観戦時のリスク評価をする際は、「マスクでどの程度飛沫をブロックできるか」の計測データが必要になります。「ウレタンマスクだと飛沫は漏れるけれど、不織布マスクだったら飛沫が抑えられて漏れてこない」など、その共同研究で得ていた結果をそのまま反映させ、実態に近い感染リスクの評価につなげていくことができました。この共同研究の取り組みは、「Jリーグの声出し応援」の解禁につながりました。
井元先生:藤井さんがお話くださったように、リスク評価にあたって自分たちで必要なデータをとることもできる。これが工学系の先生や花王さんのような企業の方が入っているというMARCOの大きな強みですね。私のような数学からのアプローチだと、自分で計測技術を作るのは難しいところです。色々な専門性を持っている人たちがそれぞれの観点からシミュレーションについて多角的に検討、議論しながらの取り組みができました。そうしたことが早くシミュレーション結果を実際の現場の方に持って行く原動力になったのではないかと思います。
―私たちの生活の身近なところという点で井元先生、藤井さんにお話しいただきましたが、オリンピックのような大規模イベントで得られた感染対策研究の知見は、そのほかの暮らしの中ではどのように活かされるものなのでしょうか?
井元先生:あくまでもシミュレーションですが、やはりMARCOの活動の中で実際に現場を見て、データを取得し、それらを反映させてシミュレーションを組んでいますので、今回のMARCOの取り組みは今までとはレベルの違うリアリティを持つものができたと思っています。
藤井さん:エビデンスに基づいて、ある一定のロジックを組み立てたうえで、実証実行を経ていますから、シミュレーションの精度が違うと思います。
例えば、大規模スタジアムのミーティングルームや控室など、空間における感染対策を考えるうえで基礎になっているのが、会議室など小さな空間の感染リスク評価です。実はこの評価に際しては、花王のオフィスをサンプルにしています。さまざまなオフィス空間のデータをひと通り記録し、リスクを分析したうえで、その全てに対する対策を実施しました。これが花王としての「オフィス感染対策」の指針にもなっています。指針策定の過程で、会議室のようなスペースは特に感染対策の急所になりうるということが分かりました。みんなよくしゃべりますし、それなりに密にもなりますしね。
具体的には、MARCOの分析でも重要だった、CO2の測定があります。同じ機種の計測器を、会議室に一日置いた時にCO2の数値がどれくらい上がるのか、ドアを開けっぱなしだとどれくらい減るのかなどを一つ一つ測定したんです。測定によって「これくらいの小さな場所が意外と感染リスクが高い」とか、「これくらいなら許容できる」などが分かってきました。会議室など小さな空間の感染リスクについての評価結果はMARCOにもフィードバックし、MARCOが提唱する感染対策の「学校モデル」にも転用されています。
井元先生:「学校モデル」については、私は大学の教員ですから、大学の回復というか、学生さんには必要な時に通学でき、キャンパスライフを楽しく有意義なものにしてあげたいという思いがあります。明らかに学生さんにとっては大学に来て学べないというのは、不利益ですからね。
大学の中で言うと、行動や場所はある程度パターン化できます。今まさに、それぞれの場面に応じたシミュレーションを作っているところです。ただ悩ましいのはクラブ活動です。学生さんには思いっきりやらせてあげたい。しかしMARCOの活動のなかでスポーツに関して、知見が活かせるところもあるのですが、それぞれの競技で異なる練習現場でのリスク解析にまでは及んでいないのが実情です。練習を行うにあたって、選手にどれくらいリスクがあるのか、練習時の行動をモデリングする必要があります。ただ競技によって動きが大きく異なるため、分類などに手間と時間がかかっており、それを今一生懸命やっています。
―東京オリンピック・パラリンピックという特別なイベントだからということではなく、【企業・団体の感染対策レポート】でもお話があった「感染対策の社会実装」を今まさに進められているとのことですが、今後についてはどのようにお考えですか?
井元先生:大きいところでは「次の新興感染症、新しいウイルスが出て来た時に、そのウイルスの特性を捉えたシミュレーションモデルをどうやったら早くつくることができるのか」「どういうデータを集めればシミュレーションがより精緻化されて行くのか」など、ものすごい量のノウハウを蓄積することができました。それを広くオープンにして、次の新興感染症、パンデミックの時にいち早く対応できる体制をつくることが重要だと思います。
また、新型コロナウイルス感染症で得られた知見は、「普段の生活の快適さ」にも活かせると思います。よくよく考えると、コロナ禍の前は満員電車が当たり前でした。しかし、リモートワークの推奨などもあり通勤時間がゼロになったり、前ほどの混雑ではなくなったり。コロナ禍は早く終わってほしいですが、今後もこの快適さをキープするためには、どうすれば良いのかを考えるきっかけになりました。
藤井さん:コロナ禍において、密が全てダメという風潮がありましたよね。その中ですごく考えさせられたのが、人との距離感です。さきほど先生が「快適さ」とおっしゃられましたが、コミュニケーションツールが発達した今では、密にならないけど心地悪くない距離感というのが、私たちの人との関わり方の基本になるのだと思います。
花王は、企業や組織が取るべき対策の度合いや、許容できるリスクの詳細について判断する材料やノウハウを持っています。これらの情報の発信が、感染対策の質の向上につながれば、「脱コロナ」のフェーズを目指すこともできるのではないでしょうか。
井元 清哉(いもと せいや)先生
●所属・職務
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長・教授
●専門分野
ゲノム情報学、システム生物学、統計科学、データサイエンスなど
●経歴
1996年九州大学理学部数学科卒業、1999年日本学術振興会特別研究員(統計科学)、2001年九州大学大学院数理学研究科博士課程修了、博士(数理学)。2001年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター博士研究員、助手、准教授などを経て現在ヒトゲノム解析センター健康医療インテリジェンス分野教授、厚生労働省医療統計参与、ヒトゲノム解析センター長。スーパーコンピュータを用い、ゲノムデータなど高次元大規模データから知識発見・予測を行うための統計学理論、方法論の研究に従事。JST CREST コロナ基盤 研究代表者、AMED革新がん(領域1-14)解析班 研究代表者、解析・データセンターWG長。
2020年4月 MARCOを立ち上げ、代表に就任。
藤井 健吉(ふじい けんきち)さん
●所属・職務
花王株式会社 研究開発部門 研究戦略・企画部 部長(レギュラトリーサイエンス担当)
●専門分野
リスク学、安全性評価、疾患制御研究、化学物質管理、レギュラトリーサイエンスなど
●経歴
北海道大学理学部高分子機能学卒業、理化学研究所、北海道大学遺伝子病制御研究所、北海道大学大学院医学研究科助教、博士(医学)。2009年、花王株式会社、安全性科学研究所にてリスク評価研究に従事、化学品、化粧品、食品安全の製品安全性と国際規制調和を担当、同研究所レギュラトリーサイエンス戦略室長を経て現職、兼務で花王衛生科学研究センター、リサイクル科学研究センターを併任。日本リスク学会理事、同国際委員長、ISO TC229委員などを務める。
2020年6月 花王株式会社の代表メンバーとしてMARCOに参加。
他社はどんな取り組みを?
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