ワクチンや抗生物質の開発により予防や治療が進んだことから、感染症の世界的大流行も1940年代後半よりほとんどなくなったと思われましたが、1980年代後半になり、それまで人類が遭遇したことのなかったエボラウイルスによるエボラ出血熱、HIVによるエイズ(後天性免疫不全症候群)などが出現しました。また、マラリアや結核など、一度克服されたと思われた感染症が再流行する事態も発生しました。
こうした事態を受け、米国医学研究所が1992年に初めて「新興感染症」「再興感染症」という言葉を使用し、世界保健機関などと共に新たな感染症と再流行している感染症を定義しました。「新興感染症」「再興感染症」の定義や、米国医学研究所が提唱する「新興・再興感染症に関わる13の要因」について解説します。
新興感染症
新興感染症は、米国医学研究所が提唱した"Emerging Infectious Diseases" の和訳で、以下のような特徴を持つ感染症として定義されています。
新興感染症の定義
かつて知られていなかった、この20年間に新しく認識された感染症で、局地的あるいは国際的に公衆衛生上問題となる感染症。
参考資料:
新興感染症には、主に以下のような疾患が含まれます。
新興感染症の多くは、動物からヒト、またはヒトから動物に感染する人獣共通感染症であり、野生動物、家畜、ペットなどさまざまな動物と人間との関わり方が変化したことにより発生したと考えられています。例えば2009年に流行したインフルエンザ(A/H1N1)も鳥インフルエンザが変異して発生した新興感染症です。現在は法律上、季節性インフルエンザとして取り扱われています。
新興感染症は適切に対策すれば必ずしも死に至るものばかりではありません。ただし、新型コロナウイルスのように、事前の対策が十分でないとあっという間に感染が広がってしまう危険性があります。
新興感染症の場合、最初は原因や感染経路が分からず、また、ワクチンや治療薬ができるまでには長い時間がかかるため、発症の予防や治療が難しい病気だと言えます。いつ発生するか分からない新興感染症の感染拡大を防ぐには、日常的な衛生管理によって人間の活動環境などにおける病原体の増殖と体内への侵入を防ぐことが重要です。
再興感染症
再興感染症は、米国医学研究所が提唱した "Re-emerging Infectious Diseases"の和訳であり、世界保健機関により以下のような感染症として定義されています。
再興感染症の定義
既知の感染症で、すでに公衆衛生上問題とならない程度にまで患者数が減少していた感染症のうち、再び流行し始め患者数が増加した感染症。
参考資料:
再興感染症には、主に以下のような疾患が含まれます。
日本で感染者が増えている結核も再興感染症の1つです。1970年代までは患者数が減少していた結核は、1997年頃から発症例が増えており、毎年新たに1万人以上の患者が発生、約2千人が命を落としています。
再興感染症の中には、一度治療薬が開発され感染が収まった後も、病原体が変化することでこれまでの治療薬が効かなくなるという特徴を持つものがあります。病原体の適応と変化により、新たな薬の開発までに感染が広がってしまう可能性がある点が、再興感染症の危険の1つと言えます。
参考資料:
新興・再興感染症に関わる13の要因
米国医学研究所は1992年に感染症に関わる報告書の中で初めて「新興感染症」「再興感染症」という言葉を使用し、その要因を6つ指摘しました。その後、2003年に米国医学研究所が出した報告書では「新興・再興感染症に関わる13の要因」として要因を拡張しています。
この「新興・再興感染症に関わる13の要因」のうち、微生物の要因は、「微生物の適応と変化」という1要因のみであり、残り12項目は、すべて人間に関わりがあります。「気候と天候の要因」は自然現象ですが、現代では、人間の活動による地球温暖化が感染症のリスクを上昇させるとも考えられるからです。
このように、新興感染症、再興感染症の対策は、感染症それ自体だけではなく、環境や経済、社会情勢など、社会や地球規模での人間の活動環境を包括的にとらえた上で検討する必要があります。
参考資料:
まとめ
1980年代以降、私たちは、新たに出現した新興感染症だけでなく、再流行する再興感染症についても大規模な流行に備えた心構えが必要とされています。また、これら感染症の発生・拡大の要因は、私たちの日常的な活動に密接に関係していることを忘れてはいけません。特に、新興感染症の発生、流行初期では症状や感染経路など未解明な部分も多いため、常日頃から衛生管理を意識した私たちの行動が何よりも有効な感染対策となるのです。
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