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情報誌 花王ハイジーンソルーション No.22
(2021年2月)

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特集2 透析施設における標準的な透析操作と感染予防に関するガイドライン改訂

山形大学医学部附属病院 検査部 部長・病院教授/感染制御部 部長
山形大学 理事特別補佐(危機管理担当)
森兼 啓太

はじめに 

 慢性腎不全に対する維持透析療法を実施している患者数は年々増加の一途をたどり、2011年には30万人を突破し、2020年には約35万人に達する1)。65歳未満の透析患者の絶対数での減少はほぼ止まり、増加分は75歳以上の患者による。透析導入の高齢化によるものと思われる(図1)。

年齢別透析患者数の年次推移グラフ。

年齢別透析患者数の年次推移グラフ。

年齢別透析患者数の年次推移グラフ。

図1 年齢別透析患者数の年次推移1)

 透析患者全体の死亡原因をみると、感染症は心不全についで第2位であるが、その差は年々縮まっており、現在は心不全とほぼ同じになっている(図2)。原病死とも言える心不全で透析患者が死亡するのはともかく、感染症で透析患者が失われるのは「予期せぬ死亡」と言え、患者自身や家族にとって、また透析医療に関わる人々にとっても不本意であろう。なお、透析導入年内の死因は、15年以上前から感染症が第1位である(図3)。

透析患者の死亡原因の年次推移グラフ。

透析患者の死亡原因の年次推移グラフ。

透析患者の死亡原因の年次推移グラフ。

図2 透析患者の死亡原因の年次推移1)

透析導入年に死亡した透析患者の死亡原因の年次推移グラフ。

透析導入年に死亡した透析患者の死亡原因の年次推移グラフ。

透析導入年に死亡した透析患者の死亡原因の年次推移グラフ。

図3 透析導入年に死亡した透析患者の死亡原因の年次推移1)

 感染症が死亡原因の占める割合の中で増加してきた原因は、先に述べた透析患者全体の高齢化の他に、透析導入に至った原疾患の変化があげられる。かつて優位であった糸球体腎炎での導入が減少し、20年前に糖尿病性腎症が第1位となり、現在でも40%以上を占めている。
 さらに、透析医療の現場では、血液に曝露する場面が他の医療に比べて著しく多いため、B型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus, HBV)やC型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus, HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus, HIV)などの血液媒介病原体による感染のリスクも高いと考えられる。透析患者におけるHBs抗原やHCV抗体の陽性率は、年々低下してはいる(図4,5)ものの、一般人口よりは高い状態が続いている。

透析患者に占めるHBs抗原陽性者の割合グラフ

図4 透析患者に占めるHBs抗原陽性者の割合2)

透析患者に占めるHCV抗体陽性者の割合グラフ

図5 透析患者に占めるHCV抗体陽性者の割合2)

透析医療における特徴的な感染症の種類

透析患者に特徴的な感染症、言い換えれば透析患者において罹患のリスクが高い感染症として、以下のようなものが挙げられる。

  • バスキュラーアクセス関連血流感染症
  • 腹膜透析関連感染症
  • B型肝炎、C型肝炎、HIVなどの血液媒介感染症
  • インフルエンザや細菌性肺炎、新型コロナウイルス感染症などの市中呼吸器感染症
  • 結核(市中感染症、および潜在性結核感染症の再燃)

透析医療独自の感染防止ガイドラインの必要性

 透析医療の現場では、これらも含めた様々な感染症に対する予防を日々実践していく必要があるが、透析患者および透析医療の特殊性ゆえに、一般的な感染防止対策では不十分な場合もある。また、透析医療の多くを担っているクリニックでは、感染対策チーム(ICT)や感染対策の各種資格を有している医療従事者がいないことが多い。そういった環境では、適切な感染対策が行われないことが懸念される。更に、急性期医療機関などで行われている比較的厳密な感染防止を基準としてしまうと、そのために必要な人的物的資源が診療報酬に見合わない状況も発生する。そこで、透析医療の現状を踏まえた感染防止の指針が必要である。
 日本では、1999年に兵庫県の透析施設で発生したB型肝炎の集団発生事例をきっかけに、厚生科学研究事業の一環として「透析医療における標準的な透析操作と院内感染予防に関するマニュアル」が作成され、2000年2月に発行された。主に、B型肝炎の集団発生に関与する透析操作に関する記述がなされていた。
 その後、インフルエンザや結核などの市中感染症の院内感染の予防も含まれるようになり、徐々に感染予防に関する包括的内容となっていった。2004年に二訂版、2008年に三訂版、2015年に四訂版と改訂が重ねられた。名称も、四訂版から「透析医療における標準的な透析操作と感染予防に関するガイドライン」となり、この文書そのものがマニュアルではなく、各施設で実情に応じたマニュアルを作成するための参照文書という位置づけが明確になった。
 体裁も、四訂版から「勧告事項+その強さ」「解説」「文献」の順に項目ごとに記述された。エビデンスの無い、あるいは乏しい推奨事項も多数あるが、専門家のコンセンサスなども含めて極力根拠を記すようにして、各施設でマニュアルを作成しやすくするよう配慮された。
 筆者は、三訂版から改訂作業に参加している。ガイドライン自体は日本透析医会が中心となり、日本透析医学会・日本臨床工学技士会などが協力し、厚生労働科学研究費補助金も活用して行われている。数回の会議を開催し、改訂点について大いに議論し、委員の間でコンセンサスを得るというプロセスを経て、最終成果物が発行される。
 そして2020年4月、五訂版が発行された。本稿では、四訂版と五訂版の相違について主に記す。 

五訂版の改定内容

章・項目の変更

 前回の改訂と異なり、大枠で変更は無い。目次を見ると第4章の項目が増加しているが、標準透析液と超純水透析液に分けてその基準を記載したことと、オンラインHDFポート、透析排水に関する記載を追加したことが主な要因である。

● 第1章 標準的透析操作

 Ⅱ 血液透析の手技に関する操作は、本ガイドラインのタイトルにも含まれる「透析操作」の最も具体的な手順を示す項であり、透析医療の現場のスタッフに是非一読頂きたい内容である。特に、「1.血液透析の準備」が大きく改訂されている。
 「5.穿刺針と血液回路の接続」では、「患者側と装置側それぞれ1名ずつ担当し共同で行う」を、「行うことが望ましい」に変更した。これは四訂版の作成時にも問題になった記述であり、理想的には合計2名で担当すべきであるが、現実に2名で担当できる施設は多くないので厳しすぎないかという意見が出ていた。今回、改めて議論した上で、手順を工夫することにより1名で担当しても構わないのではないか、という意見が多くなり、改訂に至った。なお、「7.返血操作」では、四訂版で既に手順の工夫により1名で担当しても良いことになっている。
 「9.」のカテーテルに関する記載では、長期留置カテーテル・短期留置カテーテルをカフ型カテーテル・非カフ型カテーテルに変更した。更に、カテーテルに接続可能なプラグを装着することで閉鎖回路にすることができ、接続部の消毒が容易になり細菌汚染のリスクを低減できると考えられることから、プラグの使用を考慮することが含められた。なお、その際にプラグへの接続前の消毒を確実に行わなければかえって感染リスクを増すことになりかねないため、プラグを「ごしごし擦る(scrub)ように消毒する」ことも記載された。

● 第2章 院内感染予防の基本

 II 7) ワクチンに関して、医療従事者が接種しておくことが望ましい麻疹・風疹・ムンプス・水痘や、小児期の定期予防接種の一部であるジフテリア・百日咳・破傷風は、透析患者に推奨することが費用・接種体制の面から困難であり、感染リスクも低いと考えられたため、麻疹を除いて削除された。麻疹については、第5章XIに記載された。なお、第5章XIには透析患者において特に必要性が高いB型肝炎・肺炎球菌・インフルエンザのワクチン接種を推奨する内容の詳細な記述があり、概ね変更は無い。

● 第3章 標準的洗浄・消毒・滅菌

 II 器具・器材の洗浄・消毒の解説で、Spauldingの分類に基づく処理方法の概念的な図を、より詳細かつ具体的な記述に変更した。器具の例、処理方法の具体的な内容や、浸漬であればその所要時間なども明記した。
 III 患者療養環境の清掃・消毒に関しては、次亜塩素酸ナトリウム以外の消毒薬の扱いが議論になった。まず、米国環境保護局(EPA)などアメリカの公的機関が認証する薬剤に関して、日本で認可されていないものを積極的に推奨するのは適切ではないとされ、EPA認証などの記述が削除された。また、透析医療環境に比較的近く、血液汚染への対応が重要な判断要素になる手術室の清掃・消毒に関して日本手術医学会が発出しているガイドラインを参照することとなった。そこでは、次亜塩素酸ナトリウム、ペルオキソ一硫酸カリウム、加速化過酸化水素水の3種類が推奨されているため、これを解説に例示した。従って、四訂版と比べると、新たに加速化過酸化水素水が加わった形になる。

● 第4章 透析室設備と環境対策

 II 透析室の室内環境で、救命救急センターに附属した透析室の清浄度クラスIIIを削除した。救命救急センターの空気清浄度は、ICUやHCU基準を満たしたクラスIIIもあるが、一般病棟等のクラスIVも多く存在している現状や、透析に対する必要な清浄度という点ではクラスIIIでなくても構わないことを踏まえた。また、超純粋透析液作成のための環境も必ずしもクラスIIIでなくても良いことから、「クラスIIIレベルに改善して」の記述も削除した。
 また、ベッド間隔についても議論になった。四訂版では「1m以上とる」という記述になっていたが、実際にこれを満たさない施設が多数あり、「1m以上とることが望ましい」という表現にすることにした。一方、新規に設置する場合には「1m以上確保することを推奨する」という記述を解説に加えた。
 III 透析用原水管理、供給装置・透析監視装置・配管の洗浄消毒では、項目建ての変更として既に述べた通り、超純粋透析液やオンラインHDF補充ポートなどの記述が加えられた。透析室の施設管理者が一読すべき内容と思われる。

● 第5章 各種感染症患者に対する感染予防

 I 肝炎患者に対する定期的ウイルス・肝機能等検査の推奨に変更はない。一方、C型肝炎ウイルス感染患者に関して、積極的な抗ウイルス療法の推奨が加えられた。
 II ヒト免疫不全症候群ウイルス(HIV)への曝露に備えた予防内服薬の備蓄は、透析施設では現実的でないことも多いことを踏まえ、HIV治療拠点病院と連携して緊急時にそちらから入手する体制を取ることが選択肢として加えられた。
 IV メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による感染症が多い施設では、患者の監視培養と陽性者に対する除菌を考慮することが加えられた。
 VII 結核の治療に関する詳細な記述が加えられ、透析クリニックでも本ガイドラインを参照しながら治療することが可能となった。
 VIII インフルエンザの治療薬として、バロキサビルマルボキシルが追加された。なお、同薬の予防投与については、ガイドライン改訂作業中に効能効果承認申請が審査されていたため、本ガイドラインの記述には含まれていない。
 IX 蚊媒介感染症にジカウイルス感染症が追加され、各感染症の最新疫学情報も追加された。
 XI ワクチン接種に、前述のとおり麻疹が追加された。

● 第6章 スタッフの検査・予防と針刺しなど

 III 感染の予防で、麻疹・風疹・ムンプス・水痘に関して職員のワクチン接種の方針が解説に加えられた。日本環境感染学会のワクチンガイドラインの図が引用された。
 V その他の感染症(特に結核)を、結核に特化した記述とし、内容も初期対応から保健所への報告、接触者調査などの詳細かつ充実した記述に変更された。

おわりに

 五訂版は、四訂版からの大きな変更はないと言えよう。しかし、細かい点での変更はなされているので、本稿を参照しつつ、ガイドライン本文を是非一度通読して頂き、自施設の透析医療の更なる質向上につなげて頂ければ幸いである。

引用文献:
1) 日本透析医学会 わが国の慢性透析療法の現況(2019年12月31日).透析会誌2020;53:579-632
2) 日本透析医学会 わが国の慢性透析療法の現況(2018年12月31日).透析会誌2019;52:679-754


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