花王株式会社 研究開発部門
永井 智
花王が1890年に発売した最初の製品である花王石鹸には殺菌剤であるサリチル酸が配合されていました。その後1934年に社内に設立した家事科学研究所では洗濯や料理、化粧と並んで衛生を大きなテーマとして掲げ、その数年後にはこども手洗い教室を全国展開するなど、創業以来、衛生への取り組みは常に花王の研究や事業の重要な柱の一つです。昨今、皮膚や口腔などヒトの衛生、住まいや衣類など生活の衛生、病院や介護施設、食品工場など事業の衛生、国内外の学校での衛生教育支援など幅広い衛生に関わる取り組みがそれぞれの分野で継続、拡大されています。
この様な企業文化のもと、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを一つの契機とし、それぞれの分野で培われてきた衛生や感染症に関する情報や知見、技術を横断的に・迅速に活用するとともに、将来のパンデミックも見据えた新しい衛生技術、製品・サービスの開発を加速するため、2020年5月に花王の研究開発部門(R&D)内に衛生科学研究センターが設立されました。
当時の安価国産品と比べるとやや高価ではあったものの、舶来品の半額程度でした。
花王ではスキンケア、ホームケアなど事業分野ごとの商品開発研究所と物質科学、生命科学など技術分野ごとの基盤技術研究所が連携して研究開発を行っています。衛生科学研究センターはこれら商品開発・基盤技術研究所のメンバーが現職と兼務しつつ、組織や分野、技術について横断的に活動する組織設計になっています。
衛生科学研究センターが設立される少し前、ダイヤモンド・プリンセス号の状況が注視されていた頃の話です。花王R&Dは生活者や社会にどの様に貢献できるのか、花王の素材開発担当者は「あの技術を使えば新型コロナウイルスを不活化する素材が設計できるのではないか」、製品開発担当者は「あの製品を改良すればこんな場面で社会の役に立つのではないか」など生活者や社会にR&Dがどう貢献できるのか様々な議論が交わされていました。そんな時にお客様から寄せられたご相談の一つに「マスクの洗い方」がありました。生活の現場での困りごとに対して洗濯の専門家集団がすぐに動き、研究員の手持ち品を含めた様々なマスクで急ぎ実験を行い、洗剤や漂白剤の具体的な希釈率や浸漬時間、洗い方、干し方をまとめて急ごしらえのウェブサイトで社会に発信しました。
このエピソードが物語る花王の衛生に対する姿勢は、情報発信だけでなくモノづくりにも反映されています。
生活や社会の現場の困りごとに対して具体的、実践的に応えたい。花王が提案したマスクの洗い方に出てくる洗剤や漂白剤に花王製品指定は無く、社会に貢献できた結果としてその一部が事業に還元されれば良いと考えています。
何かを言う時に必ずエビデンスを求める。エビデンスが不足していれば実験したうえで科学的合理性について考察し、適当なことを言わない。虚実入り乱れて様々な情報が交錯しがちな感染症、衛生分野にあっては特に重要だと考えています。
困っている人を待たせたくない。専門家は質だけでなくスピードでも一流を誇るべき。花王は比較的鈍重な会社に思えますが、こと感染症・衛生については仕事の進め方の見直しも含めてスピードが重要だと考えています。
このエピソードの2ヶ月後に設立された衛生科学研究センターは、これらの姿勢をそのまま引き継ぎ、現在も様々な情報発信を行っています。当初は一般生活者向けの情報が中心でしたが、花王が把握している社内外の学術的知見を横断的に整理し、解説を添えてお届けすることは、医療や介護等の現場で一般生活者を指導・啓発される方々のお役に立てるのではないかと考え、その後専門家向けサイトも開設しています。
できるだけ専門用語を避け、日常の場面に対する実践的な対策や、マメ知識などを掲載しています。
(https://www.kao.com/jp/hygiene-science/general/)
社内外の査読付き論文を引用しつつ、感染防止策を含む幅広い情報を提供しています。
(https://www.kao.com/jp/hygiene-science/expert/)
日用品企業からの情報発信では、「科学的に正しいか否か」と「法律的に言って良いか否か」は必ずしも一致せず、「科学的に正/否 ・ 法律的に正/否」の4通りの組み合わせが存在しえます。企業が発信できる情報はもちろん「正・正」の組み合わせのみですが、新しい生活者価値を作ろうとしたり、最小限の化学物質で最大限の効果を発揮させようとする花王はしばしば「正・否」のケースにぶつかります。また科学的見地からは実験に用いたウイルス種などを含めた実験条件と定量的な結果を正確に開示することは顧客の便益に叶うことだと思える一方で、その開示の方法によっては当該ウイルスがもたらす疾病に対する直接的な予防や治療を想起させるため「正・否」の組み合わせになりえます。これらの課題に対して行政との直接対話や業界各社との連携を模索するなどの取り組みの推進も衛生科学研究センターの活動の一つとして挙げられます。
今回のコロナ禍では、家庭や学校、職場、イベントなど普段の生活の中での感染対策を余儀なくされました。病院内だけでなく、コミュニティのなかで一人一人が感染対策を行っていくこと、すなわち"Community Infection Control"(CIC)が重要です。花王は幾つかの側面でCICに貢献する社会的使命を負っていると考えています。
CICの現場はそれぞれに多様であることに加え、どこか単一の場面だけを押さえれば感染管理は万全というものではありません。次のパンデミックでの感染経路も判りません。トイレやオムツ、洗い物や洗濯物から皮膚、口腔、毛髪まで幅広く日常をカバーする花王は、現場の不安や不便に耳を傾けるとともに潜在的な課題を見定めつつ、それぞれの現場で複雑に絡み合った感染経路を面で押さえる提案を行っていきたいと考えています。
パンデミックが始まってから「あの技術を使えば...」「あの製品を改良すれば...」では遅いのです。パンデミックが始まると同時にそれまで使い慣れた日用品がそのまま対策製品として活用できるだけでなく、我々の足元に忍び寄る次のパンデミックを未然に防ぐために、あらかじめ衛生の思想が組み込まれた様々な製品群やサービスで、普段から日常の生活が衛生的な状態に保たれていることが重要だと考えています。
いくら花王が上記2点を頑張ったところで使ってもらえなければ意味は無く、事業としても成立しません。生活者や社会への情報発信や市民セミナー等での啓発活動の継続はもちろんですが、特に未来の生活習慣を創造し実践していくであろう子供たちへの衛生教育の支援を推進していきます。意識や行動の定着は企業だけの努力では成し得ず、医療や介護、教育の現場で活動される専門職・専門家の方々からの教育・啓発やメディアも含めた連携で実現して参りたいと考えています。
衛生科学研究センターではこれらに必要な技術、素材、製品やサービスの開発を推進していきますが、既存の事業分野にとらわれるつもりもありません。花王にとって新しい事業領域をもたらしうるようなシーズ、例えば2020年5月に北里大学とEME社*1との共同研究で開発したVHH抗体*2について、様々なパートナーとともに治療薬や検査薬への応用を目指した研究を推進しています。
花王は、中期経営計画「K25」のなかで"未来の命を守る会社になる"を掲げ、その重要なターゲットの一つに感染症を挙げています。花王は界面活性剤など化学素材、酵素など生物学的素材の開発からそれらの日用品・業務品への応用まで幅広くカバーする世界的にも数少ない企業の一つです。その強みを活かしつつ、ビジョンの実現を通じて社会に貢献していきたいと考えています。
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