情報誌 花王ハイジーンソルーション No.26
(2022年6月)


花王ハイジーンソルーションNo26 特集2 花王 技術紹介 〜Staphylococcus aureusバイオフィルム形成抑制効果に着目した擦式アルコール手指消毒薬Eの技術開発〜 無料ダウンロードはこちらから

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特集2 花王 技術紹介 〜Staphylococcus aureusバイオフィルム形成抑制効果に着目した擦式アルコール手指消毒薬Eの技術開発〜

花王株式会社 ハウスホールド研究所
浅岡 健太郎

1.背景

 医療・介護従事者は感染予防の観点から高頻回の手指衛生を実施するため、手荒れを起こしやすい事が知られている。手荒れは手指衛生コンプライアンスを低下させるだけでなく、その部位には医療関連感染の主起炎菌として知られるS.aureusが高頻度かつ多量に検出されること、または常在化すること等から大きな課題となっている1-4
 これまで我々は医療・介護従事者の手指の状態を調査した結果、手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルム(BF)を形成することを見出した2(Fig.1)。BFとは菌と核酸、多糖、タンパク質等の細胞外ポリマーで構成される複合的な菌の集合体であり、環境、医療器具、創傷、アトピー部位に存在し、浮遊状態の菌よりも薬剤耐性が高い状態であることが知られている5。これまで我々は薬剤耐性の高いS.aureus BFの除去を目的とした技術開発を行い、オレイン酸カリウム塩がその要素技術であることを見出している3, 6。今回我々はS.aureus BFの形成抑制を目的とした技術開発を行い、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12POE)がその要素技術であることを見出した7
 ここでは、この要素技術を市販の擦式アルコール手指消毒薬へ応用するための製剤化技術とその試用結果について述べることとする。本技術を使用すれば、手指消毒薬を使用しながら、S.aureusのBF形成抑制が期待できる。そのため、浮遊状態のS.aureusを過剰な殺菌剤を用いることなくアルコールにより容易に洗浄除去できるようになり、自ずと“手指衛生—手荒れ”の悪循環を脱し、健常な手肌の状態を維持できると考えられる(Fig.2)。

Fig.1 医療従事者手指角層サンプルの共焦点顕微鏡写真

医療重視者Aと医療従事者Bの手の角層の共焦点顕微鏡画像。手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルムを形成することをあらわしている。

医療重視者Aと医療従事者Bの手の角層の共焦点顕微鏡画像。手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルムを形成することをあらわしている。

医療重視者Aと医療従事者Bの手の角層の共焦点顕微鏡画像。手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルムを形成することをあらわしている。

緑はS.aureusを、赤は細胞外ポリマー構成物質(N-アセチルグルコサミン)を示す2

Fig.2 S.aureusバイオフィルムを除去するハンドソープとバイオフィルムを形成抑制する
擦式アルコール手指消毒薬が提供したい手荒れ改善促進と維持のサイクルイメージ

医療重視者Aと医療従事者Bの手の角層の共焦点顕微鏡画像。手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルムを形成することをあらわしている。

医療重視者Aと医療従事者Bの手の角層の共焦点顕微鏡画像。手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルムを形成することをあらわしている。

医療重視者Aと医療従事者Bの手の角層の共焦点顕微鏡画像。手荒れ部位に存在するS.aureusがバイオフィルムを形成することをあらわしている。

2.開発技術要件

 開発技術の要件は、①S.aureus BF形成の抑制技術の中核化合物であるポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12POE)と、②手からこぼれない適切な粘度を有するために、カルボキシビニルポリマー(CVP)を用い、③日本環境感染学会が定める生体消毒薬の有効性評価指針:手術野消毒 2013に記載されているEN1500の基準を満足する即効殺菌性を製剤として示すこと、である7

3.実験:S.aureusのBF形成抑制率の測定

 96 wellプレートに加えたTSB No. 2液体培地(Sigma)で一晩プレ培養されたS.aureus(NBRC13276)を波長600 nmの濁度を測定し、濁度が1.0となるように生理食塩水で希釈した。さらにこの溶液をTSB No. 2液体培地で100倍希釈して“S.aureus液”を調製した。 “S.aureus培養液”は各種製剤を“S.aureus液”で50倍希釈して得た。S.aureus BFは“S.aureus培養液”を37℃で48時間培養後、洗浄、クリスタルバイオレットで染色して得た。BF形成抑制率は、BFをエタノールで脱色し、570 nmの吸光度を測定してBF形成量を得たのちに、以下の式で算出して得た。

BF形成制御率の計算式

BF形成制御率の計算式

BF形成制御率の計算式

4.手指消毒剤製剤化検討結果

 我々はポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12POE)が薬剤耐性の高いS.aureus BF形成を抑制することを見出した。C12POEがS.aureus BFを形成抑制する要因は、 BF形成に寄与することが知られているRNA IIIの発現を抑制するためであると考える9
 C12POE 、79 (v/v%)エタノールを含有する手指消毒剤のBF形成抑制率は88%であったが、さらにCVPを添加した手指消毒剤のBF形成抑制率は70%に低下した(Fig.3)。CVP添加によりBF形成抑制率が低下した要因は、Fig.4のようにCVPがC12POEと相互作用してS.aureusに作用しにくくなったためと考えた10

Fig.3 カルボキシビニルポリマーの有無による
ポリオキシエチレンラウリルエーテル含有手指消毒薬(79v%エタノール)の
バイオフィルム形成抑制率

カルボキシビニルポリマーを添加することでバイオフィルム形成抑制率が低下したことを表すグラフ

カルボキシビニルポリマーを添加することでバイオフィルム形成抑制率が低下したことを表すグラフ

カルボキシビニルポリマーを添加することでバイオフィルム形成抑制率が低下したことを表すグラフ

Fig.4 カルボキシビニルポリマー(黒)とポリオキシエチレンラウリルエーテル(青 R:ラウロイル基)の推定相互作用10

カルボキシビニルポリマーがポリオキシエチレンラウリルエーテルと相互作用してS.aureusに作用しにくくなったことを表す図

 技術目標を満たすため、C12POE、CVP添加量を維持したままBF形成抑制率の低下を抑えるため、CVPとC12POEの相互作用を抑制する以下の方法に着目した。

(A)CVPの中和10
(B)CVPと相互作用することが知られているポリエチレングリコールの添加によるCVPとの相互作用物質の代替11

 C12POE 、79 (v/v%)エタノール、CVPを含有する手指消毒剤に中和剤、ポリエチレングリコールを添加した結果、BF形成抑制率は89%に向上した(Fig.5)。得られた結果を基に製剤化した手指消毒薬EのBF形成抑制率は同量のエタノールを含み、本技術を応用していない市販の手指消毒薬Sと比べて高いことが分かった(Fig.6)。
 手指消毒薬Eの手指消毒効果について評価するため、欧州標準化委員会が定める手指消毒効果試験(EN1500)に準じて試験を実施し、基準品である60vol%イソプロパノールと比較検討した12。その結果、手指消毒薬Eの手指消毒効果は、60vol%イソプロパノールと同等であり、有意差は認められなかった(Fig.7)。
 医療従事者に手指消毒薬Eを4週間試用してもらった結果、使用者の手指の落屑が試用前に比べ減少して、手荒れが改善されていることが示唆された(Fig.8)7。また手指消毒薬Sと比べて落屑が減少して手荒れ改善することが示唆された。以上から手指消毒薬EがS.aureus BFを形成抑制したことと、手荒れ改善したことが関連した可能性がある7

Fig.5 カルボキシビニルポリマー、中和剤、ポリエチレングリコールの有無によるポリオキシエチレンラウリルエーテル含有手指消毒薬(79v%エタノール)のバイオフィルム形成抑制率

カルボキシビニルポリマー 、79 v%エタノール、カルボキシビニルポリマーを含有する手指消毒剤に中和剤、ポリエチレングリコールを添加した結果、BF形成抑制率が向上したことを表すグラフ。

カルボキシビニルポリマー 、79 v%エタノール、カルボキシビニルポリマーを含有する手指消毒剤に中和剤、ポリエチレングリコールを添加した結果、BF形成抑制率が向上したことを表すグラフ。

カルボキシビニルポリマー 、79 v%エタノール、カルボキシビニルポリマーを含有する手指消毒剤に中和剤、ポリエチレングリコールを添加した結果、BF形成抑制率が向上したことを表すグラフ。

Fig.6 擦式アルコール手指消毒薬製品(79v%エタノール)のバイオフィルム形成抑制率効果

手指消毒薬Sと手指消毒薬Eのバイオフィルム形成抑制率を表すグラフ。

手指消毒薬Sと手指消毒薬Eのバイオフィルム形成抑制率を表すグラフ。

手指消毒薬Sと手指消毒薬Eのバイオフィルム形成抑制率を表すグラフ。

Fig.7 手指消毒薬Eの欧州標準化委員会(CEN)が定める手指消毒効果試験(EN1500:2013)による殺菌性評価
(大腸菌:K12株 被験者数:18名)

60%イソプロパノールと手指消毒薬Eの菌数減少値を表すグラフ。

60%イソプロパノールと手指消毒薬Eの菌数減少値を表すグラフ。

60%イソプロパノールと手指消毒薬Eの菌数減少値を表すグラフ。

Fig.8 手指用アルコール消毒薬を使用した時の0週に対する落屑度変化を示す⊿SEsc値の推移7

手指消毒薬Eを4週間試用し、手荒れが改善されていることを表すグラフ。

手指消毒薬Eを4週間試用し、手荒れが改善されていることを表すグラフ。

手指消毒薬Eを4週間試用し、手荒れが改善されていることを表すグラフ。

* P<.001 (手指消毒薬Eを4週使用した時の⊿SEsc値を0週に対するSteelの多重比較検定した結果)
** P=.044 (手指消毒薬E, Sを4週使用した時の⊿SEsc値をWilcoxonの符号付き順位検定した結果)

5.まとめ

 医療・介護従事者の健常な手肌の状態を維持するために、S.aureusのBF形成を抑制する手指消毒剤の技術開発を行った。
 開発技術の要件は、①S.aureus BF形成の抑制技術の中核化合物であるポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12POE)と、②手からこぼれない適切な粘度を有するために、カルボキシビニルポリマー(CVP)を用い、③日本環境感染学会が定める生体消毒薬の有効性評価2013に記載されているEN1500の基準を満足する即効殺菌性を製剤として示すこととした。
 薬剤耐性の高いS.aureus BFの形成抑制を目的として見出された技術、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12POE)について製剤化技術を検討し、得られた手指消毒薬EのBF形成抑制率は同量のエタノールを含み、本技術を応用していない手指消毒薬Sと比べて高いことが分かった。また、本手指消毒薬Eは医療従事者に4週間試用してもらった結果、使用者の手指の落屑が試用前に比べ減少して、手荒れが改善されていることが示唆された。

1. 西田 博:手洗いの科学 幸書房 1981
2. 遠藤史郎、浅岡健太郎、鈴木由希、西尾正也、蓮見基充、日置祐一、賀来満夫:介護現場職員の手荒れ、黄色ブドウ球菌の実態調査 日本環境感染学会誌.2015;30:S436
3. Asaoka K, Endo S, Suzuki Y, Komuro S, Nemoto T, Kaku M. Hand hygiene using a new hand-cleansing formulation without sanitizers: Effect on Staphylococcus aureus removal and recovery of properties against skin damage. Am J Infect Control 2016;44(8):e129–32.
4. Jensen JUS, Jensen ET, Larsen AR, Meyer M, Junker L, Rønne T, et al. Control of a methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA) outbreak in a day-care institution. J Hosp Infect 2006;63(1):84–92.
5. Michael Otto. Staphylococcal Biofilms. Curr Top Microbiol Immunol. 2008;322:207- 228.
6. 長野 健一, 浅岡 健太郎, 河瀬 員子, 大槻 典子, 伊東 恵美子, 土屋 勝:市販ハンドソープ製品Aによる手指角層組成の改善 2019年 第34回日本環境感染学会総会
7. Asaoka K, Sasaki K, Yagi J, Takahashi F, Nagano K, Yamamoto T, et al. Alleviation of hand-skin roughness after use of alcohol-based hand rub with inhibitory effects on Staphylococcus aureus–producing delta-toxin. J Infect Chemotherapy.28;2022:684-9.
8. 日本環境感染学会:生体消毒薬の有効性評価指針 手術野消毒2013 環境感染誌 2014;29:S1-8
9. Leban FL, Kiran MD, Wolcott R, Balaban N. Molecular mechanisms of RIP, an effective inhibitor of chronic infections. Int J Artif Organs. 2010; 33(9):582–9.
10. 斎藤修二、谷口卓見:高分子酸と非イオン界面活性剤の相互作用 日本化粧品技術者連合会会誌 1975;9(2):16-25.
11. Ilie C, Stinga G, Iovescu A, Purcar V, Anghel DF, Donescu D. The influence of nonionic surfactants on the CARBOPOL – PEG interpolymer complexes. Rev. Roum. Chim., 2010;55(7): 409-417.
12. European Committee for Standardization (CEN). Chemical disinfectants and antiseptics – Hygienic handrub— Test method and requirements (phase 2/step 2). BS EN 1500:2013.

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