ミネルヴァベリタス株式会社 顧問
本田 茂樹
日本はこれまで、地震や水害など多くの自然災害に見舞われてきました。また、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症はその流行が長期化したことで、大きな人的被害が生じています。
地震・水害や感染症に見舞われたところでは、建物の被害、ライフラインの途絶、そして職員の欠勤などにより介護サービスの提供を縮小、あるいは中止せざるを得ない事態に陥ったところが多くありました。
そこで令和3年度介護報酬改定では、自然災害や感染症が発生した場合でも、利用者が継続して介護サービスを受けることができる体制を構築する観点から、すべての介護サービス事業者(以下、「介護施設」)にBCP(業務継続計画)の策定、そして研修・訓練が義務化されています。
なお、義務化には3年間の経過措置が設けられており、2024年3月31日までの間は努力義務となります。
本稿では、BCPとは何か、そしてそれを策定するにあたってのポイントを説明します。
まず、令和3年度の介護報酬改定において、なぜすべての介護施設にBCPの策定、研修、そして訓練が義務化されたのか、その背景を確認します。
介護サービスは、利用者やその家族の生活を支える上で必要不可欠なものです。もし、介護施設が感染症の流行や自然災害の発生に見舞われ、その結果、介護サービスの提供を継続できなくなれば、利用者やその家族の生活は立ち至らなくなります。
近年、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震など、最大震度7の地震が起こっており、甚大な被害が生じています。また、水害についても、台風や豪雨に見舞われる頻度が増え、その場合の被害も激甚化しています。
感染症についても、我々は新型コロナウイルス感染症の流行長期化を経験し、さらに将来、未知の感染症が世界的に大流行することも懸念されています。
介護施設は、これまでとは違う姿を見せる自然災害や感染症に備えることが重要です。
これまで、BCPが策定されていなかったときでも、介護施設が自然災害などに見舞われた場合、職員の高い職業意識と献身的な努力で乗り切ってきました。
しかしこれからは、職員の職業意識や努力に頼るだけではなく、BCPという仕組みを使い、組織として対応していくことが必須です。
多くの介護施設において、BCPの策定を進めていますが、その一方で、「BCPという言葉を初めて聞いた」という声も聞こえてきます。ここではまず、BCPとは何かということを確認しておきましょう。
BCPは次のとおり定義されています。
大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な業務を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画のことを業務継続計画(Business Continuity Plan、BCP)と呼ぶ。
「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応(令和5年3月改定)(内閣府(防災担当))」を基に筆者作成。
BCPは、その対象として自然災害や感染症はもちろん、事件や大事故なども含んでおり、あらゆる不測の事態、つまり予測もしないことが発生した場合に備えるためのものですが、今回の義務化では、「自然災害を対象としたBCP」と「感染症を対象としたBCP」を策定することとなっています。
BCP(業務継続計画)は、そこに含まれる、「継続」というキーワードから、実際に自然災害に見舞われてから、あるいは、感染症のクラスターが発生してから運用する計画、と考える人がいますが、それは半分だけ正解です。
もちろんBCPでは、その発生が懸念される首都直下地震や南海トラフ巨大地震などが発生した場合、その後、的確な「事後の対応」を行うためのものでもありますが、それだけではありません。
BCPは、それを平常時から運用し「事前の準備」を行うことで、介護サービスを中断させないことも目指しています。
つまり、介護サービス事業所におけるBCPでは、次の二段構えで考えることが求められます(図1)。
図1 BCPは二段構えで考える
まず、自然災害の発生や感染症の流行に見舞われた場合でも、介護サービスを中断させないことが重要です。そして、介護サービスを中断させないためには、サービス提供に必要な経営資源を守ることが求められます。
介護サービスの提供に必要な経営資源には、次の3つが考えられます。
■ 職員
■ 建物や設備
■ 電気・ガス・水道などのライフライン
これらの経営資源を守るときに注意することがあります。それは、地震、水害、そして感染症に関して守り方が異なるということです。
介護施設の建物の中には、職員、設備や備品、そしてケアプランなどの情報がありますから、もし、建物が倒壊するようなことがあれば、介護サービスの継続は極めて困難となります。そこで、自施設の耐震チェックを行い、建物が脆弱(ぜいじゃく)であれば耐震補強工事を行います。
あわせて、大きな地震の揺れで事務室の書棚やキャビネット、また利用者の居室の家具などが倒れないように固定します。
水害は地震と異なり、適切に気象情報を入手することによって、その発生時期をある程度、予測することが可能です。
自施設が所在する場所が台風や豪雨に見舞われると予測される場合は、まず事前準備を行います。
例えば、側溝・排水溝を点検する、止水板や土のうを準備する、さらにはガラス窓を補強するなどの対策が該当します。
ただ、ハザードマップ上、自施設の浸水が想定される場合、その場所で利用者の安全を確保し介護サービスを継続することは極めて困難ですから、タイミングを逃さず避難所など浸水が想定されない場所に避難することが重要です。
介護サービスの継続には職員が必須です。感染症から職員を守るためには、的確な感染予防対策を講じ続けることが極めて重要です。そして、職員を守ることは、そのまま利用者を守ることにつながります。
地震、水害、そして感染症では、講じるべき対策が異なります。相手が変われば守り方も変わるということを押さえておきましょう。
介護サービスを中断させないためにさまざまな事前準備を行っていても、介護サービスの中断は起こり得ます。
例えば、大きな地震に見舞われて、建物が損傷し、停電や断水が起こる、あるいは、感染症のクラスターが発生し、多くの職員が感染するという状況が発生すれば、介護サービスを続けることは困難です。
このような場合は、欠けた、あるいは足りなくなった経営資源を補い、介護サービスを継続します。具体的には、停電であれば、自家発電設備を使う、また職員が足りなければ、同一法人内の他の施設に応援を頼むという形です。
BCPの目的は策定すること自体ではなく、そのBCPを活用して介護施設の業務を継続することです。もし、策定したBCPが使いものにならなければ、それは残念なBCPと言わざるを得ません。
自施設のBCPを残念なものにしないため、次の点を押さえておきましょう。
令和3年度の介護報酬改定におけるBCP義務化においては、「感染症BCP」と「自然災害BCP」を策定することが求められています。
「感染症BCPは感染症の流行が起こったとき」、そして「自然災害BCPは自然災害に見舞われたとき」とその前提条件は異なりますが、いずれも、介護事業所の介護サービスを中断させないこと、そしてもし中断した場合は可能な限り短い時間で復旧することを目的としています。
感染症BCPと自然災害BCPにおいては、(表1)のような業務継続方針や被害の対象などに違いが見られますが、特に「被害の対象」には注意しましょう。
表1 感染症BCPと自然災害BCPにおける業務継続に対する考え方
厚生労働省「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」を基に作成
自然災害の場合、あらゆる経営資源に被害が及びます。職員はもちろん、介護施設の建物や設備、さらに電気・ガス・水道といったライフライン、そして道路・鉄道などのインフラにも大きな被害があります。
一方、感染症は、疾病、いわゆる病気ですから、その被害は主に人への健康被害です。ただ、それに加えて物流の乱れなどから、個人防護具やアルコール消毒液など感染予防に必要な物資の不足も起こり得ます。
感染症BCPの策定にあたっては、感染拡大時の職員確保策を検討しておくとともに、物資の不足については、平時から備蓄を進めておくことが必須です。
介護施設は、自然災害に見舞われた際、平常時に提供している介護サービスに加えて、新たに発生する業務に対応することが求められます。新たに発生する業務は、ケガをした利用者や職員の応急手当、災害によって損傷した建物や設備の修理など災害復旧業務、さらに利用者の家族への連絡や関係機関との連携などが該当します。
しかも、忘れてはならないのは、被災時に新たに発生する業務には速やかに対応する必要がある、つまり待ったなしの業務であることです。
一方、災害時には、介護施設の職員、建物・設備、そしてライフラインなどすべての経営資源が限られますから、平常時より多くの業務を提供することは極めて困難です。
そこで被災時に残されている、つまり活用できる経営資源を前提に業務を継続することが求められます。業務全体に優先順位づけを行い、優先順位の高い重要業務に経営資源を投入し、優先順位の低い業務は、「縮小する」、あるいは「一時休止する」などの対応を進めます(図2)。
図2 優先すべき重要業務
何が重要業務に該当するかは、それが利用者の生命・健康を守るために必須であるかどうかという基準で判断します。具体的には、水分補給を含む食事、排泄、与薬、そして医療的ケアなどが当てはまります。
災害発生時や感染症の流行時は、職員などの経営資源が限られますから、平常時においては実施している業務でも、その頻度や回数を減らすことを検討します。
BCPが出来上がったとしても、それで終わりではありません。策定したBCPの実効性を高めるためには、研修と訓練(シミュレーション)の実施が極めて重要です。
BCPを策定しても、それを介護施設の職員が理解していなければ意味がありません。研修の内容は、感染症や自然災害を対象としたBCPの具体的内容を職員間に共有するとともに、平常時の対応の必要性や、緊急時の対応にかかる理解を深めるために実施します。
職員への研修は、定期的(施設系は年2回以上、在宅系は年1回以上)に実施することが必要であり、さらに新規採用時には別に研修を実施することが求められています。
自施設のBCPの内容を理解していても、実際の災害に見舞われる、あるいはクラスターが発生すると、必ずしも的確に行動できるとは限りません。
訓練(シミュレーション)では、感染症や災害が発生した場合において迅速に行動できるよう、BCPに基づき、施設内の役割分担の確認、感染症や災害が発生した場合に実践するケアの演習等を定期的(施設系は年2回以上、在宅系は年1回以上)に実施することが必要です。
訓練を実施した結果、自施設のBCPに足りない点や不備が見つかった場合は、修正することでレベルアップを図りましょう。
1)本田 茂樹.「介護施設・事業所のためのBCP策定・見直しガイド」.社会保険研究所,令和5年4月発行,458p.
2)「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応(令和5年3月改定)(内閣府(防災担当))」
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/guideline202303.pdf
3)「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/09-11.pdf
4)介護施設・事業場における自然災害発生時の業務継続ガイドライン(令和2年12月 厚生労働省老健局)
https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf
5)介護施設・事業場における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン(令和2年12月 厚生労働省老健局)
https://www.mhlw.go.jp/content/001073001.pdf
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