情報誌 花王ハイジーンソルーション No.30 別冊
(2023年12月)


花王ハイジーンソルーションNo30 別冊 新型コロナウイルス感染制御の過去、現在、そして未来 無料ダウンロードはこちら

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新型コロナウイルス感染制御の過去、現在、そして未来

北里大学大村智記念研究所 ウイルス感染制御学 教授
片山 和彦

1.はじめに

 現在から約3年半前の2019年年末に新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)の流行が始まった1) 2)(Wu, 2020)(Zhu, 2020)。流行が始まった翌々月2020年2月、ちょうど中国の春節に重なり人々の大移動により瞬く間にCOVID-19の流行が世界中に広がり、3月には多くの国で都市のロックダウンが行われる等、地球規模の大流行となった。その後、WHOによるCOVID-19のパンデミックが宣言され、世界中に緊張が走ったことは記憶に新しい。病原体は塩基配列解析からSARSコロナウイルスに近縁な新規コロナウイルスであることが明らかとなり、SARS-CoV-2と名付けられた3)(Coronaviridae Study Group of the International Committee on Taxonomy of, 2020)。以降、まずはSARS-CoV-2の消毒方法の研究、既存承認薬のスクリーニングによる治療薬の探索、基礎研究からのワクチン開発、新規SARS-CoV-2治療薬の開発が人類の英知を結集して実施された。先進諸国では過去に類を見ない数の研究者と研究予算が投入されたことから、消毒薬、治療薬、ワクチンが開発され、当初10%前後と言われた致死率は0,5%程度にまで低下している。2023年5月には、新型コロナウイルス感染症は、我が国においてインフルエンザウイルス感染症と同じく5類感染症に分別されることとなった。コロナは終わり我々の生活は元に戻りつつあると考える人々が増えているが、アメリカでは、毎日約72万人の感染者を出し続けており(https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/dashboards/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6) 、油断はできない状況である。依然として人類とSARS-CoV-2の戦いは続いているのである。
 本稿では、新型コロナウイルスの感染制御を2019年12月にまで遡り、現在に至るまでにどのような感染制御が行われ、どのように流行が変化していったのかを再認識するとともに、再度基本から新型コロナウイルスを知り、未来のSARS-CoV-2感染制御について考察してみたい。

2. 新型コロナウイルスの形とスパイクタンパク質の仕組みから見る感染様式

 新型コロナウイルス(以下SARS-CoV-2)の感染力、病原性、消毒薬の効果、抗ウイルス薬の効果等を理解するためには、SARS-CoV-2の感染性粒子の構造を理解し、宿主細胞へ感染する仕組みについて知っておく必要がある。これは極めて重要な基本知識なのだが、メディア等では、余り触れられることが無いので、図解を中心に概説する。
 クライオ電子顕微鏡で撮影したSARS-CoV-2の写真を示した(図1)。クライオ電子顕微鏡は、培地の中に存在するウイルスをそのまま瞬間凍結させて観察するため、水の中を漂う実際の形に近いウイルスの画像が得られる。それに対し、一般的な透過型電子顕微鏡は、完全に乾燥させたウイルスに重金属の粉をまぶして粉の付着していない部分が白く、粉のある部分が黒く蛍光板に写る。ウイルス等を構成するタンパク質は白く、ウイルスの周囲が黒く写り、ウイルスの形が抜けたように写ることからネガティブ染色と呼ばれている。クライオ電子顕微鏡を理解するために、水中を泳ぐ魚(イワシ)をイメージしてみよう。群れで泳いでいるイワシを瞬間凍結して、氷に閉じ込めて撮影すると、まさに泳いでいるイワシの姿をそのまま撮影することができる。クライオ電子顕微鏡は、自然の形状をそのまま観察できるところに特徴がある。それに対して通常の透過型電子顕微鏡は、水分を極限まで除去したイワシの丸干に墨を塗って作った魚拓を撮影しているイメージである。通常、メディアに登場するSARS-CoV-2の電子顕微鏡写真の大部分は、通常の透過型電子顕微鏡で撮影されており、丸干しウイルス拓を撮影していると思えばよい。

図1  新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のクライオ電子顕微鏡写真

左の(1)はSARS-CoV-2 Wuhan株粒子のクライオ電子顕微鏡写真。右の(2)はOmicron BA1株のクライオ電子顕微鏡写真

(1)北里大学大村智記念研究所にて分離培養されたSARS-CoV-2 Wuhan株(北里大学で分離培養したKUH003株・genbank accession番号:LC630936)粒子のクライオ電子顕微鏡写真。
(2)Omicron BA1株(国立感染症研究所からの分与株TY38-873、GISAID ID:EPI_ISL_7418017)のクライオ電子顕微鏡写真。写真右端に200nmのスケールバーを示した。(SARS-CoV-2は、パラフォルムアルデヒドで不活性化した後、感染性がないことを確認して自然科学研究機構に送付し、撮影を依頼した。クライオ電子顕微鏡で30000倍に拡大して撮影した。自然科学研究機構 村田和義先生 撮影。

 クライオ電子顕微鏡の画像の(1)は、COVID-19パンデミック初期に流行したWuhan株(北里大学で分離培養したKUH003株・genbank accession番号:LC630936)4) (Ebisudani, 2021)である(運搬や観察時のウイルス拡散による感染事故を防ぐため、電子顕微鏡観察に用いるウイルスは、パラフォルムアルデヒド等で形状を維持したまま処理して完全に感染力を奪ったウイルスを用いた)。右側の画像(2)は、我が国における流行の第6波以降を形成しているオミクロン株(国立感染症研究所からの分与株TY38-873、GISAID ID:EPI_ISL_7418017)のBA.1亜株である。両者とも基本的に形状に変化は無く、円形に近い物、楕円形の物、少しゆがんだ形状の物が混在しており、粒子の周りに太陽のコロナのように見えるスパイクが確認できる。ウイルス粒子は、形状に若干差はあるが、直径は約100nm前後の円形、楕円形の粒子がある。スパイクはかなり大きく、ウイルス粒子表面からの高さは25~30nm、最も太い部分で太さは5〜7nmほどである。スパイクはウイルスの表面に20〜40本程度と計算されており、ウイルス粒子表面にランダムに分布しており、インフルエンザ等、他の呼吸器感染性ウイルスよりも分子数が少ない5)(Yao, 2020)。
 ウイルスを形作っている最も外側の膜はエンベロープといい、宿主細胞の膜構造を利用した柔軟な脂質二重膜である(写真でもハッキリと二重に見える)。スパイクはエンベロープ上に垂直に立っているものは少なく、スパイク根元にあるトランスメンブレン領域近傍のヒンジ部分の柔軟性を利用して異なる角度で傾いていることが多い(図2(4))5)(Yao, 2020)。もし、動画で撮影することができるなら、前後左右にゆらゆらと揺れていると思われる。さらに、スパイクは、エンベロープ上(ウイルス粒子表面上)を自由に移動できると考えられている。これらの特徴により、スパイクは、レセプター分子であるACE2への結合効率を上昇させていると考えられている。
 スパイクは、規則正しく折りたたまれたスパイクポリペプチド(図2(1)A)が、3分子組み合って形成される3量体で、(図2(1)B)に示すように青色の部分のS1、緑色の部分のS2と呼ばれる2つのドメインに分かれており、S2の末端部分のポリペプチドが三本束ねられて植物の根のようにエンベロープに入り込んでいる。
 (図2(1)A)の青い四角で示した部分がS1のレセプターバインディングドメイン(受容体結合領域、以下RBD)である。模式図として簡略化したスパイクタンパク質3量体には、RBDも3つ存在する。RBDは立ち上がるとピンク色で示した宿主細胞のACE2(アンジオテンシン転換酵素)への結合面が現れ、ACE2と結合する。スパイクタンパク質3量体は、RBDが1分子立ち上がったものがほとんどを占め、2分子立ち上がった物、3分子とも立ち上がった物もあるが、ごく少数である。
 ウイルス粒子内部には、RNAをゲノムとして持つウイルスの中では、最長の約30, 000塩基からなる一本鎖のRNAが内包されている。SARS-CoV-2が合成するウイルスタンパク質の一種、ヌクレオプロテイン(Nタンパク質)が、ゲノムRNAにすきまなく結合して、RNAを分解から保護し、ウイルス粒子内部に取り込むと考えられていた。現在、その工程が詳細なクライオ電子顕微鏡観察(クライオサブトモグラフィー)で、粒子内部構造とともに解明されつつある(図2(3))5)(Yao, 2020)。
 Nタンパク質は、単量体(図2(2))2分子が青い部分の構造でつながって二量体を形成し、L字型構造物を作る。それらが複数分子集合し、トップから見た場合逆G型になる構造体を形成する。この逆G型の構造体をTopから見ると、真ん中に一本、それを囲む様に6本の柱状構造物がある。ゲノムRNAは、マイナスにチャージしているため二量体のプラスチャージしている柱の部分に巻き付いている。ゲノムRNAの巻き付いたNタンパク質の構造体をクライオ電子顕微鏡で見ると、ゲノムRNAが巻き付いた部分は電子密度が高いため、平均化された画像では面がつながって見える。そのため積層画像では球状の構造に見える。ゲノムRNAの巻きむらがあり、電子密度の低い部分は、黒く穴が空いたように見える。これらの球体がゲノムRNAで数珠状につながった構造物が、エンベロープの内壁に沿って並ぶように取り込まれ、30000塩基におよぶゲノムRNAを効率良く粒子内部に格納していると考えられており(図2(3))、クライオ電子顕微鏡の立体的な画像として捉えられている5)(Yao, 2020)。
 このように、驚くほど複雑な粒子構造をしているSARS-CoV-2は、複雑な感染工程で、内部に格納されている数珠状構造物を安全に細胞内部に送り届けることができるようにウイルスの形状を巧みに変化させて感染している。

図2  SARS-CoV-2粒子の形状

SARS-CoV-2粒子の形状を表すイラスト

(1)-A:スパイクタンパク質モノマーの構造(7FG7  Cryo-EM structure of S protein trimer of SARS-CoV2)(https://doi.org/10.2210/pdb7FG7/pdb)。起き上がっているレセプター結合ドメイン(RBD)を青枠で示した。(1)-B:RBDが1分子立ち上がっているスパイクタンパク質3量体(1 Up)、以下同様に2分子立ち上がっている3量体、3分子立ち上がっている3量体を模式的に示した。立ち上がったRBDは、ACE2(赤い楕円形で示した)に結合できる。
(2):Nucleoprotein (Nタンパク質)monomer(単量体)をαfold2(https://colab.research.google.com/github/sokrypton/ColabFold/blob/main/AlphaFold2.ipynb)で折りたたみ、リボンで示した。Nタンパク質 dimer(二量体)を右隣に示した。二量体は複数分子つながって、逆G型構造物を形成する。逆G型構造物を上から見た図をTopとして、横から見た図をSideとして示した。ゲノムRNA(太い赤線)が逆G構造物に巻き付いている様子をSide+RNAとして表した。
(3):SARS-CoV-2粒子を内部構造が透けて見えるように描画した。
(4):SARS-CoV-2粒子の断面模式図(ゲノムRNAを省いて、模式的に示した)。

3. SARS-CoV-2の消毒・不活性化

 ウイルスを消毒する、感染性を奪う、不活性化するとはどのようなことなのだろうか。薬剤を作用させる、UVを照射する、加熱する、凍結する等ウイルス粒子にどのような変化を起こさせれば、消毒できるのか、前段落で説明したSARS-CoV-2粒子の構造に基づいて概説する。
 SARS-CoV-2の粒子構造の特徴の1つに、エンベロープ(図2(4))がある。このエンベロープは宿主の細胞膜等の脂質二重膜をハイジャックしたものであり、膜上に存在する膜タンパク質の流動性、膜同士の融合しやすさ等、細胞膜の性質を受け継いでいる。この脂質二重膜は、リン脂質から構築されており、エタノールによる脱脂、脱水、界面活性剤によるミセル化の影響を受けやすく、簡単に破壊されてしまう。つまり、SARS-CoV-2粒子は、アルコール系消毒剤は勿論、界面活性剤を利用しても簡単に破壊できる。2020年にSARS-CoV-2の大流行が始まり、WHOからパンデミック宣言がなされた際、有効な消毒薬として利用可能なエタノールが不足する事態に陥ったことは記憶に刻まれている。その際、我々は、市販の界面活性剤製品をSARS-CoV-2の消毒に利用できるかどうかを検討するとともに、種々の薬剤等のSARS-CoV-2消毒効果についても検討を加えた。
 消毒薬として利用頻度の高いエタノールと次亜塩素酸ナトリウムのSARS-CoV-2に対する消毒効果を比較したところ、エタノールは50%以上の濃度であれば1分間の処理で、SARS-CoV-2を完全に消毒可能であったのに対し、次亜塩素酸ナトリウムでは、1000ppmでは1分間処理では完全に消毒ができず、感染性を有するSARS-CoV-2が残留していた。1500ppmでは、50%エタノールと同等の消毒効果を示すことが明らかになった(表1)6)(戸高玲子ほか 感染制御と予防衛生2020)。つまり、SARS-CoV-2の消毒には、エタノールの方が効果が高く、次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合は、かなりの濃度を必要とすることが明らかになった。
 界面活性剤について、比較検討したところ、0.05%以上の濃度のアルキルアミンオキシド、塩化ベンザルコニウムが優れた消毒効果を示した。アルキルグリコシドでは、1分間処理で完全に消毒するためには0.1%の濃度が必要であった。ポリオキシエチレンアルキルエーテル、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、脂肪酸ナトリウム等は、消毒効果が不十分であることが明らかになった(表2)6)(戸高玲子ほか 感染制御と予防衛生2020)。
 SARS-CoV-2の感染予防によく用いられているハンドソープ、アルコール系手指消毒剤、非アルコール系手指衛生雑貨、食卓や家庭用の掃除、拭き取り用のスプレー剤、ワイパー等は、実際に効果が高いことも報告されている6)(戸高玲子ほか 感染制御と予防衛生2020)。また、意外なことに食器用中性洗剤のほとんどが使用説明書通りの希釈濃度で使用すれば、十分にSARS-CoV-2の完全消毒を達成することができたのは、当時の感染制御対策として非常に実用性が高く、有用であった。

表1  エタノールと次亜塩素酸ナトリウム水溶液のSARS-CoV-2不活性化効果

エタノールと次亜塩素酸ナトリウム水溶液のSARS-CoV-2不活性化効果を示す表

表2  各種界面活性剤のSARS-CoV-2不活性化効果

各種界面活性剤のSARS-CoV-2不活性化効果を示す表

4.SARS-CoV-2の感染のしくみと抗体による中和

 我々の体内の免疫システムは、自然免疫、獲得免疫に大別できる。さらに獲得免疫は、ウイルスに対する抗体等の液性免疫と、ウイルス感染細胞を排除する細胞性免疫に大別できる。ウイルスの感染や、ワクチン等によって誘導されるこれらの免疫システムは、ウイルスの感染増殖機能を奪うように働き、我々をウイルス等の外来性病原体に起因する病気から守っている。SARS-CoV-2が実際に体内に入ってきた場合、免疫システムが感染制御を担う。免疫システムによる感染制御を理解するためには、SARS-CoV-2の感染の仕組みを知っておくことが重要である。

 SARS-CoV-2の感染7)(Tang, 2020)は、細胞表面にあるACE2にSARS-CoV-2のスパイクのRBDが結合することから始まる(図3(A))。次に、細胞膜上に存在するタンパク質分解酵素(TMPRSS2)がS1を切断すると、S1が脱落することでS2の変形を導く(図3(B)、(C))。次に、HR2の中にたたまれていたHR1がジャックナイフのように飛び出て細胞に刺さり、ウイルスの膜と細胞の膜を繋げる(図3(D)、(E))。その後、再び畳まれることによってウイルスの膜と細胞の膜を近づける(図3(F))。最後のステップでは細胞とウイルスが膜融合を開始して細胞の中にウイルスの遺伝子とNタンパク質の複合体を放出する(図3(G))。この他に、エンドソーム経由の感染経路がある。エンドソーム内部では、カテプシンがTMPRSS2の代わりに働き、膜融合に導く。膜融合のメカニズムは基本的に共通である。

図3  SARS-CoV-2の感染機構(膜融合のメカニズム)

SARS-CoV-2の感染機構(膜融合のメカニズム)を表すイラスト

(A):SARS-CoV-2粒子表面のスパイクタンパク質を模式的に示した。細胞膜(リン脂質二重膜)を水色で、ウイルスのエンベロープをオレンジ色で示した。細胞膜にACE2とTMPRSS2を示した。ウイルスのスパイクタンパク質のRBDがACE2に結合し、細胞膜上を移動してきたTMPRSS2によりスパイクタンパク質が切断を受ける。
(B):(A)の青い点線で囲んだ部分の拡大図。
(C, D):TMPRSS2がスパイクタンパク質のS1とS2の間を切断することで、S2から分離され、脱落するS1を示した。S1の脱落により、露出するHR1, HR2をそれぞれ緑、ピンクの棒で図示した。HR1の先端部分の細胞融合ドメイン(Fusion domain)をオレンジ色のバーで示した。
(E, F):ウイルスのエンベロープ(オレンジ色ウイルスエンベロープ)と細胞膜の融合を模式的に示した。HR1、HR2が再び畳まれることで、膜の融合がはじまる。
(G):細胞膜と、自身のエンベロープを膜融合したウイルスを示した。RNAはオレンジ色の紐状物質として表記した。ウイルス内部のRNAとNタンパク質複合体は、膜融合により細胞内に放出され、感染が成立する。

 感染に至るまでには、ACE2への結合に始まり、図示した一連のステップが全て行われなければならない。これらのステップの何処を止めても感染は成立しない、つまり、ウイルスは中和される。我々の体内で主にSARS-CoV-2の感染を中和しているのは、液性免疫によって誘導される抗体である。SARS-CoV-2に反応する抗体のうち、スパイクに結合する抗体が中和の主力を担っていると考えられる。抗体がSARS-CoV-2感染を中和する様子を模式的に図4に表した。ウイルスはエンベロープ部分の直径が約100nm、スパイクは25〜35nmである。これに対して、IgG抗体は15nm程度の大きさ、IgA抗体は2〜4量体であるため30nm、IgMは半径15nm程の5量体であり、以外と大きい(図4(A))。例えば、ウイルス粒子上にあるスパイクに抗体が結合する(図4(B)) と、スパイクとACE2の結合、その後のTMPRSS2との接触が物理的に阻止されることが容易に想像できる。ウイルスが細胞表面のACE2に結合しても、TMPRSS2の切断部位近傍に抗体が結合するとS1とS2の切断が起きず、感染に必要な一連の反応が途中で止まることにより、感染できなくなる。さらに、S1, S2への切断が起きた場合でも、抗体がS1の脱落をつなぎ止めることで膜融合の一連の反応を止めることができる(図4(C))。さらに、変形しようとするHR1, HR2に跨がるように結合し、変形を止め、膜融合を阻止することも可能だと考えられる(図4(D))。以上の様に抗体は、様々な作用により感染効率を低下させていると考えられる。

図4  抗体分子の結合によるウイルス感染性中和のメカニズム

抗体分子の結合によるウイルス感染性中和のメカニズムを表すイラスト

(A):SARS-CoV-2粒子表面のスパイクタンパク質(約35nm)、IgG(約15nm)、IgA(約30nm)、IgM(約35nm)を同じ尺度で模式的に示した。
(B):SARS-CoV-2に結合するIgG、IgA、IgMを示した。SARS-CoV-2とIgG, IgA, IgMは尺度を合わせた。
(C):エンベロープ上に存在するスパイクタンパク質に抗体が結合することで、ACE2に結合できなくなる。(D):IgGの結合により、S1の脱落が阻止される。または、HR1, HR2の変形が阻止される。

5.新型コロナウイルスの主な感染経路とは

 SARS-CoV-2の感染形態は、エアロゾル感染、飛沫感染、飛沫核感染、空気感染等様々な感染形態があると言われている8)(Chan, 2020)。実際はどのように感染するのか、メインの感染ルートを考えてみたい。
 まずは、感染形態について解説する。エアロゾルとは、気体中に液体や固体の微粒子が飛んでいる状態を示しており、花粉、霧、ホコリ等が飛散している状態を示している。粒子の大きさは、数nmから100μm程度までとバリエーションに富んだ状態であり、後述する飛沫と飛沫核を内包している。飛沫とは、直径5μm以上の大きい液滴のことで、無風環境下での飛距離は1〜2m程度だと言われている。飛沫は、咳やくしゃみ、会話で発生する。飛沫核とは、飛沫から水分が蒸発して小さくなった飛沫の中心部分が残った物で、直径は5μm未満で、落下しにくく長時間空気中を浮遊する。
 SARS-CoV-2は、飛沫、または空気の流れに乗って浮遊し、鼻や口から吸い込まれ、口腔・鼻腔・鼻咽頭粘膜細胞の中で効率よく増殖する(図5)。気道に侵入した後は、気道上皮細胞ではあまり増殖しないが、肺胞まで到達すると爆発的に増殖する。このようにウイルス感染が進行する中、体内では自然免疫応答によるタイプⅠインターフェロン、TNF-α、IL-1β、IL-6等の炎症性サイトカインが誘導され、上気道粘膜の炎症、発熱等の初期症状を導く(図6)。ウイルスの感染増殖が進むと、液性免疫応答と細胞性免疫応答の両方が活性化される。液性免疫応答はMHCクラスIIでプロセッシングされたウイルスタンパク質がCD4+細胞に提示され、CD4+Th2細胞を通じてB細胞が誘導されると、抗体の産生が始まる。

図5  SARS-CoV-2感染増殖、誘導される抗体と作用部位

SARS-CoV-2が鼻腔、鼻咽頭、口腔内に侵入して増殖する様子を表すイラスト

SARS-CoV-2が鼻腔、鼻咽頭、口腔内に侵入して増殖する様子を模式的に示した。上気道で増殖した後、下気道から肺に感染部位を広げていく様子を模式的に示した。  

図6. SARS-CoV-2感染により誘導される自然免疫応答、CTL細胞、抗体産生B細胞の分化誘導

SARS-CoV-2感染により誘導される自然免疫応答、CTL細胞、抗体産生B細胞の分化誘導を表すイラスト

 北里大学病院、北里研究所病院の入院症例、感染事例の調査結果と、参考文献9)10)11)(Long, 2020)(Kowitdamrong, 2020)(Okba, 2020)をもとに潜伏期から発症、そして回復期に至る段階でウイルス価(RNA)の上昇がどのように起き、ウイルス抗原やIgA抗体、IgG抗体、IgM抗体がどのように発現しているかを模式的に描いた(図7)。ワクチン未接種者の場合(図7A)、感染してから無症候の時期を過ぎて抗体が出る直前までの間にウイルスの抗原がまずピークを迎え、ウイルスのRNAも大量に出現してくる。そして、抗体が出始めると抗体の増加に応じて、ウイルスRNAと抗原量も下がっていく。最終的にIgAは意外とよく残っており、IgGも急上昇してピークを迎える。IgMは初期の抗体のため消失する。このように、ウイルスを排除できる反応が立ち上がり始めるまでに感染初期から10日程度はかかり、それから14〜16日程度で免疫応答が立ち上がってくる。免疫応答は諸刃の刃でも有り、SARS-CoV-2感染による肺炎等の症状が現れるのは、宿主免疫応答が立ち上がり、ウイルスやウイルス感染細胞の除去が始まる回復期に入ってからである。
 ワクチン接種者の場合(図7(B))、ワクチンによる記憶免疫があるので、ウイルス感染後4日程度で免疫応答が立ち上がってくる12)(Barrett, 2021)。特にファイザー、モデルナ等のスパイクタンパク質のmRNAを成分にしたRNAワクチンの場合、スパイクタンパク質が細胞内で発現されるため、MHC classII経由の液性免疫だけで無く、MHC classI依存的な細胞性免疫の経路も立ち上がり、両者が記憶免疫として蓄積される13)(Ewer, 2021)。図には示さないが各種サイトカインの誘導、細胞性免疫の立ち上がりもワクチン未接種者に比べて早期に起きる(現在、投稿中)。また、ウイルス感染を受けると、ウイルスが細胞内で増幅するため、細胞性免疫により、ウイルスのタンパク質が異種タンパク質としてMHC classIに捕捉されて細胞表面に排出される。MHC classI提示をすると、この細胞は感染細胞となり、CTL(細胞傷害性T細胞)によって、ウイルス感染細胞は速やかに除去される。一連の免疫応答が素早く起きるため、ワクチン接種者は、肺の中でウイルスが爆発的に増殖する前にウイルス増殖を抑制することができるために軽症になると考えられる。

図7  SARS-CoV-2感染者における抗原検査、ゲノムPCR、各種抗体検査の力価の推移

SARS-CoV-2感染者における抗原検査、ゲノムPCR、各種抗体検査の力価の推移を表すグラフ

(A): ワクチン未接種者のSARS-CoV-2感染者における抗原検査、ゲノムPCR、各種抗体検査の力価の推移を示した。
(B): ワクチン2回以上接種者のSARS-CoV-2感染者における抗原検査、ゲノムPCR、各種抗体検査の力価の推移を示した。縦軸には各種検査の力価、横軸には感染日を起点とした経過日数を示した。ウイルスゲノムRNAを黒、ウイルス抗原をオレンジ色、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質に対するIgA抗体をピンク色、同様にIgM抗体を青色、IgG抗体を緑色で示した。これらのデータは、北里大学の入院患者のデータ並びに、以下の参考文献を参考にまとめた。
・Liu et al. A preliminary study on serological assay for severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) in 238 admitted hospital patients( https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1286457920300861?via=ihub)・Sethuraman et al. Interpreting Diagnostic Tests for SARS-CoV-2.(https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2765837)

6. SARS-CoV-2の変異

 新型コロナウイルスはRNAウイルスであるため遺伝子変異が速く、ワクチンや薬の効かない新型が続々と登場してくると言われている。確かに、Wuhan株から始まり、アルファ株、ガンマ株、デルタ株等が登場し、我が国では2020年の第1波の流行から2021年のアルファ株による第4波、デルタ株による第5波の流行、そして2022年にはオミクロンBA.1亜株による第6波の流行が認められた。さらに、オミクロン株はBA.1亜株からBA.5、BF.7等の亜株に変化を続け、第7、8波を形成した(図8)。その後、2023年5月8日以降の流行については、新型コロナウイルスの5類感染症への移行が行われたため、定点観測データとなったが、コロナウイルスの流行は続いている。実際に、コロナウイルスの流行は、2023年9月には第9波のピークを迎え、10月13日現在、第9波の終わりが近づきつつあるが、年末から2月にかけて第10波の流行が起きる可能性が高い。

図8  新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(厚生労働省)2023年5月8日0時時点          (https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html)から改変して使用        
報告日別新規陽性患者数グラフ

2023年5月8日0時時点の厚生労働省が発表した新型コロナウイルス感染症の国内発生動向のグラフ

青の縦棒が報告日別新規陽性者数を表し、緑の波線は7日間移動平均当日を表した。2020年の第1波から第8波までの流行と、各流行の主要流行株を各流行のピーク上部に示した。5月8日以降は全数把握から定点報告に移行したため連続したグラフとして表記できない。

 2021年3月から2022年2月までのSARS-CoV-2流行株の割合の時系列変化を見ると(図9A)、プロトタイプのWuhan株からアルファ株に主要流行株が写っていき、その後、デルタ株が主要流行株になった後、オミクロン株が登場し、2022年2月にはオミクロン株が主要流行株になったことがよく分かる。次に、2022年の9月から、2023年9月までの、SARS-CoV-2流行株の変遷を見ると、第6波のオミクロン株のBA.1亜株(以下亜株を省いて表記)から、第7、8波のBA.5、BF.7、 BQ.1.1、そしてウイルスゲノムの組換えによりさらに変異を獲得したXBBシリーズ(XBB.1.1〜XBB.1.5、その他XBB等を含む)が混在した状態へ流行株の推移を示しつつ、第9波のXBB.1.16、EG.5(エリス株)といったXBBシリーズが流行の主力を占めるようになっている(図9B)。これらの株は、後述する様にオミクロン株を祖先株として誕生した亜株であり、アルファ株や、デルタ株の子孫ではない。

図9  第7波以降のグローバルな流行株の変遷

第7波以降のグローバルな流行株の変遷を表すグラフ

A:2021年3月から2022年2月までの流行株の変遷をカラーグラフで示した(青い点線の四角枠内)。流行株はそれぞれ異なるカラーで示した。Wuhan株、アルファ株、デルタ株、オミクロン株をグラフ上にラベルした。(GISAID:https://gisaid.org/ より)
B:我が国における流行の第7波から第9波(2023年9月15日)までの新型コロナウイルス流行(図8の7,8波に続く9波まで)を点線で囲って示した。横軸に2022年9月から2023年9月までの時間経過、縦軸に時間軸における各流行株の占める割合を合計100%として色別に表した。各流行株のカラーラベルは、凡例に示した。(GISAID:https://gisaid.org/ より)

 SARS-CoV-2のプロトタイプ株であるWuhan株とアルファ株、デルタ株のアミノ酸配列を比較すると、アルファ株は、点で示したアミノ酸残基の変異が17残基、欠損変異が3箇所であった。デルタ株は、アミノ酸残基の変異が31残基、欠損変異が3箇所であった。アミノ酸残基の一致率はどちらも約99.8%であった(図10A) 。Wuhan株から変異が若干加速したのがオミクロン株である。アミノ酸変異の数は46残基(内RBD、 RBMに15残基)、欠損変異が6箇所、挿入変異が1箇所となった。デルタ株までの変異と比較すると、スパイクタンパク質に変異が集積していること、特にレセプター結合領域(RBD)とレセプター結合モチーフ(RBM)に変異が圧倒的に多い。GISAID上の分子系統樹を見ると、オミクロン株は2019年にはすでにWuhan株から分岐しており、アルファ株、デルタ株とは異なる系統になっていることが分かる(図10B)。以降、オミクロン株から派生した亜株、BA.5はアミノ酸52残基(内RBD、RBMに16残基)と4欠損変異、XBBはアミノ酸67残基(内RBD、 RBMに22残基)と4欠損変異、EG5はアミノ酸72残基(内RBD、RBMに23残基)と4欠損変異であった。オミクロン株の変異を受け継ぎ、さらに変異が増加したBA.2.86は、アミノ酸78残基(内RBD、 RBMに24残基)と4欠損変異、1挿入変異であった(図10A)。
 これらのオミクロン亜株は、ワクチンによって誘導される中和抗体の主要認識部位だと考えられているRBD, RBMにアミノ酸変異が集中している。オミクロン株の出現は、ワクチン接種が普及し、RBD, RBM部分にワクチンによって誘導される宿主の中和抗体が、強い選択圧となって作用したことを物語っている。しかし、オミクロン株の始祖は2019年から2020年の初めにWuhan株から分岐し(図10B)、デルタ株の世界的流行の後に顕在化して、2022年以降、主要流行株として置き換わっていること、Wuhan株からアルファ株、デルタ株と蓄積された核酸変異とは異なるオミクロン株BA.1、BA.2特有の変異を有し、遺伝子の変異速度を向上させたこと(図10C)等を考え合わせると一次的に宿主をヒトからネズミ等の他の動物に乗り換え、デルタ株の流行収束後に再びヒトに戻ってきた株なのかもしれない。2023年以降出現したXBB株は、従来のワクチンからのエスケープ現象、免疫原性の低下が懸念されており、我が国では2023年秋から接種の始まるmRNAワクチンは、オミクロン株XBBの単価ワクチンとなる。現在国内では数例が確認されたのみであるオミクロン株BA.2.86は、海外では急速に検出数を伸ばす可能性が指摘されており、オミクロン株EG.5に置き換わる可能性が指摘されている。
 このようなかなり激しい株の入れ替わりがあり、主要流行株の激しい変遷がマスメディア等から報告されるため、ウイルス遺伝子(ゲノム)の進化速度が速く、高頻度な変異を伴ってウイルスが変化しているように見える。しかし、ゲノム全体の変異速度を計算し、プラス一本鎖RNAゲノムを有する代表的なウイルスであるノロウイルス等のカリシウイルス等と比較して見ると、SARS-CoV-2のゲノムの変異速度は非常に遅い。ゲノムにコードされるアミノ酸配列の株間一致率は約99.2%以上であり、遺伝的には極めて相同性が高く、変異の起きにくいウイルスなのである。その遺伝子変異の速度は、RNAウイルスよりもむしろ安定性の高いDNAウイルスに近い。その主な理由は、SARS-CoV-2は、ウイルスゲノムRNAを複製するポリメラーゼ複合体の中に、核酸残基の取り込みエラーを修復する酵素を持っているためである。一般的に一本鎖RNAをゲノムとするウイルス(ノロウイルスや、RSウイルス等)は取り込みエラー修復機能を持っておらず、ゲノムRNA複製時にRNAポリメラーゼの核酸残基取り込みエラーにより、非常に高頻度に変異が入る。そのためRNAウイルスのゲノム変異速度が速いのである。しかし、SARS-CoV-2は、RNAポリメラーゼが取り込みエラーを起こしたとしても、修復酵素が間違った各酸残基を取り外し、正しい残基を呼び込むため、塩基配列はほとんど変わらず、RNAウイルスとしては驚くべき安定性を示す。SARS-CoV-2は9.80e-4 substitutions per yearであり(一年間でゲノムあたり29塩基程度の変異速度)となり(図10C)、ノロウイルスのおおよそ1/500以下の変異速度である。
 ノロウイルスとSARS-CoV-2の変異速度の違いを視認できるように、ノロウイルスは同じ遺伝子グループGIIの異なる遺伝子型GII.3, GII.1, GII.4のキャプシド領域の塩基配列を、SARS-CoV-2はWuhan・デルタ株・オミクロン株BA.5のスパイク領域の塩基配列をそれぞれアライメントして図示した(図11)。SARS-CoV-2は、ゲノム全体で最も変異の集中する領域(図10A)だが、ノロウイルスと比較すると、塩基配列の安定性の高さが一目瞭然となる。次に、SARS-CoV-2のアルファ株やベータ株等全ての変異株を含んだゲノム全長の塩基配列を対象とした分子系統樹を、同じくノロウイルスのゲノム全長の塩基配列を対象とした分子系統樹と比較した(図12)。Neighbor Joining法による系統樹を、アウトグループを用いて有根系統樹として描いたので、横方向の枝の長さが遺伝的な距離関係を示す。ノロウイルスと同じ尺度でSARS-CoV-2の分子系統樹を描くと、図12中央左下の非常に小さなピンク色の四角の中に収まる分子系統樹になる。このままでは見えないので、拡大すると約500倍拡大で漸くノロウイルスに近い分子系統樹になる。
 まとめると、SARS-CoV-2は、ゲノム変異速度の速いウイルスだからワクチンの効果がなくなる株が次々と出現して流行を繰り返すのでは無い。また、ウイルスの性質が変異によって激変したりすることも考えにくい。しかし、ワクチン接種者が増加していけばワクチンによって接種者が獲得する免疫学的選択圧により、RBD, RBM部分の変異を持たないウイルス株が淘汰され、変異を持つウイルスが生き残る現象が繰り返されるため、ワクチンからのエスケープ変異を獲得したウイルスが流行する。そのためにRBD, RBMの変異が加速しているように見えるのである。ワクチンや、抗ウイルス薬の作用する部分の変異が加速する現象には、今後も注意が必要であり、分かり易い情報を発信している東京都感染症対策連絡会議(保健医療局ホームページ:https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/renrakukaigi.html)や、NHKの情報サイト(https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/)を積極的に利用して流行の現状を把握するとよい。

図10. 流行株のアミノ酸変異と流行の変遷、ゲノム進化速度

流行株のアミノ酸変異と流行の変遷、ゲノム進化速度を表すグラフ

A:SARS-CoV-2プロトタイプWuhan株(MN908947)を基準として、アルファ株(QK002:EPI_ISL_768526)、  デルタ株(TY11-927:EPI_ISL_2158617)、 オミクロン株BA.1.18(TY38-873:EPI_ISL_7418017)、オミクロン株BA.5.2.1(TY41-704:EPI_ISL_13241868)、XBB1.16(PKK825:DDBJ登録中)、EG5株(KUH1091:DDBJ登録中)、BA.2.86株(EPI_ISL_18096761、EPI_ISL_18097315、EPI_ISL_18097345、EPI_ISL_18110065、EPI_ISL_18111770のコンセンサス配列)をアライメントしアミノ酸変異を有する突然変異部分を○で示した。△は、核酸配列の欠如、▽は核酸配列の挿入部分を示した。赤い縦のラインは変異によって出現したORF8のストップコドンを示した。○、△、▽のカラーは、最上部の遺伝子マップにおける各種タンパク質のカラーを反映させた。スパイクタンパク質領域の濃いピンク色はレセプター結合領域(RBD)、赤色はレセプター結合モチーフ(RBM)を示した。RBDの変異は多数あるためそれぞれの領域に対応するカラーの○内部に数値で表した。
B:2021年3月から2022年2月までの流行株の変遷をラジアル型分子系統樹で示した。凡例に流行株をそれぞれ異なるカラーで示した。円の中心が2019年末の時点、以降2023まで、外縁に向けて時間経過を表した。アルファ株、デルタ株のクラスターを表記した。また、オミクロン株の分岐時点(2019年)を黒矢印で示した。(GISAID:https://gisaid.org/ より)
C:SARS-CoV-2主要流行株分子系統樹を縦軸に変異の数、横軸に時間をとり、進化速度を計算した。予想計算値は、9.80e-4 substitutions per year (約29核酸残基/ゲノムに相当)であった。各種変異株は、凡例に示したカラーで表した。オミクロン株の枝を黒矢印で示した。(GISAID:https://gisaid.org/ より)

図11. ノロウイルスとSARS-CoV-2の異なる株間の遺伝子配列のアライメント

ノロウイルスとSARS-CoV-2の異なる株間の遺伝子配列を示した図

A:ノロウイルスの異なる遺伝子型、GII.3 (U201株:AB039782), GII.1(Hawaii株:U07611), GII.4(Lordsdale株:X86577)のキャプシド領域(VP1)をclastal Wでアライメントした。U201株を基準として、同じ核酸残基はドット(・)、異なる残基をアルファベット(G, A, T, C)、ギャップをハイフン(-)で表した。異なる残基の存在する部分赤枠で囲った。
B:SARS-CoV-2のWuhan株、デルタ株、オミクロン株(BA.5)(これらの配列情報は図10と同様)のSpike protein領域のアライメント。表記方法はAと同様。

図12  ノロウイルスとSARS-CoV-2のゲノム全長塩基配列に基づく分子系統樹

ノロウイルスとSARS-CoV-2のゲノム全長塩基配列を比較した分子系統樹

A:ノロウイルスのゲノム全長塩基配列をClustal Wでアライメントし、木村の2パラメーターで算出したgenetic distanceに基づいてNeigbor Joining(NJ)方で描いた分子系統樹を示した。Murine Norovirusをアウトグループとした有根系統樹として描いた。左下にgeneitc distance 0.1のスケールを示した。
B:SARS-CoV-2の異なる株の分子系統樹の500倍拡大図を示した。描画方法は、Aと同様。Wuhan株をアウトグループとした有根系統樹として描画した。ノロウイルスのスケールに合わせた(1x)の系統樹を、左下のピンク色の四角内部に示した。50倍拡大図を中央のピンク色四角内部に示した。

7. ワクチン、抗ウイルス薬からみたSARS-CoV-2感染制御の未来

 現在、我が国で接種されている主なSARS-CoV-2ワクチンは、ファイザー社、モデルナ社のスパイクタンパク質のmRNAを用いたワクチンと、武田薬品工業のスパイクタンパク質ワクチンである。これらのワクチンの内、既接種者の多いmRNAワクチンの効果を少人数からなるコフォート研究で調べてみた。ここでは、研究の一部を紹介する。
 コフォートの一部、ファイザー社のワクチン接種者の血中に誘導されるSARS-CoV-2のスパイクに対するIgGを測定した。2回目のブースター接種後90日で各個体のBAU値は、1000 BAU/mL前後まで急速に低下し、その後180日(半年)で500 BAU/mL前後まで緩やかに低下していた(図13A)。ワクチンの3回目の接種後30日には2000BAU/mL以上に再上昇した。しかし、3回目接種90日後には3個体のBAU値は2000以下に低下した。しかし、2個体は、3回目接種後90日までBAU値が2000以上を示した。これらの個体(紺色◇、灰色△)は、2回目接種後から3回目接種前までの間にSARS-CoV-2感染を経験しており、ハイブリッド免疫を獲得したことが明らかになっている。そのため、3回目接種でBAU値が3000以上となり、90日後でもBAU値を維持したと考えられた(図13A)。
 3回目接種後30日の血清を用いて、アルファ株、デルタ株、オミクロン株BA.1、オミクロン株BA.2の感染性ウイルスの中和試験を実施したところ、アルファ株に対しては256倍希釈血清が50%以上の中和活性を、デルタ株に対しては128倍以上、BA.1には64倍以上,BA.2には45倍希釈以上の血清が50%中和活性を示した。5個体の個別結果はドットで示したが、ハイブリッド免疫獲得者は、wuhan株に対する血中抗体価を長期間維持できるようになるだけでなく、オミクロン株BA.1, BA.2を含む新規バリアントに対する中和抗体も362倍以上を示した。ハイブリッド免疫獲得個体を除く3個体は、アルファ株、デルタ株間の中和活性に有意差は無かったが、アルファ株に対してオミクロン株BA.1、 BA.2は、中和抗体価が1/5程度に低下していた(図13B)。現在流行しているオミクロン株EG.5、XBBシリーズは、オミクロン株BA.5からさらにRBD, RBM部分にアミノ酸変異が集積されており(図10A)ワクチンや、従来株の感染によって獲得した血中中和抗体からのさらなる逃避現象が蓄積され、人体の感染防御力の低下が予想される。従って、SARS-CoV-2の感染履歴を持たず、ハイブリッド免疫を獲得していない場合、この秋から始まったXBB対応の単価ワクチン接種による感染予防が有効だと思われる。感染履歴を持ちハイブリッド免疫を獲得した場合でも、180日以降は血中抗体価は徐々に下降するため、ワクチンによるブースターが感染防御に有効だと思われる。

図13  ファイザー社ワクチン3回目の接種後に誘導されるSARS-CoV-2のスパイクタンパク質に対する
血中抗体価と、3回目接種30日後の各種バリアントウイルスに対する中和抗体価

ファイザー社ワクチン3回目の接種後に誘導されるSARS-CoV-2のスパイクタンパク質に対する血中抗体価と3回目接種30日後の各種バリアントウイルスに対する中和抗体価を表すグラフ

A:ファイザー社2回目のブースター接種後の経過日数を横軸に、血清中抗体価を国際標準単位BAU/mLを縦軸として、個別折れ線グラフで示した。3回目のブースター接種からの経過日数をグラフ内に表記した。
B:3回目接種後30日時点の血清中中和抗体を示した。中和抗体価は、縦軸に二倍希釈系列で2の9乗倍希釈(512倍)を上限として示し、各ドットは、個人の中和力価を、バーの高さは幾何平均値を、SDをエラーバーで示した。

8. まとめ

 2023年5月から、新型コロナウイルス感染症は、我が国においてインフルエンザウイルス感染症と同じく5類感染症に分別され、感染者の全数把握から定点観測に移行した。コロナの時代は終わり、我々の生活は元に戻りつつあると考える人々が増えているが、第6回東京都感染症対策連絡会議(東京都保健医療局ホームページ:https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/renrakukaigi.files/shiryou1_1012.pdf)からの報告では、東京都の定点当たり患者報告数は、第35週(8月最終週)に1定点当たり16.98人のピークを迎え、第36週16.36、第37週16.04と徐々に下降した後、第40週3.62人に向け急激に下降し、第9波の終わりが近づきつつある。昨年の年末に1定点当たり19.78人を記録した第8波と比較するとピークの高さこそ、若干下回ったが、総患者数は第9波が、第8波とほぼ同等な患者数を記録したことが示唆されている。依然として人類とSARS-CoV-2の戦いは続いている。本稿が、今後のSARS-CoV-2感染制御に役立つ情報となれば幸いである。

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