総合南東北病院 口腔外科 摂食嚥下リハビリテーションセンター
森 隆志
入院患者における誤嚥性肺炎の死亡率は約15%と推定され、特に高齢者にとって重大な疾患である。誤嚥性肺炎のリスクには口腔衛生、栄養状態、身体機能、基礎疾患、薬剤、消化管機能、認知機能といった多数の因子がある(図1)。誤嚥は不可避の事象であるが、身体の抵抗力と侵襲性を考慮した総合的な対策により誤嚥性肺炎のリスクを軽減できると考えられている1, 2)。本稿では、誤嚥性肺炎の対策にとって重要な摂食嚥下障害とこれに強く関連する栄養状態・サルコペニアの対策も含めた摂食嚥下リハビリテーション(摂食嚥下リハ)の意義と実践方法について解説する。
図1 誤嚥性肺炎のリスクの理解に必要な領域
誤嚥性肺炎のリスクの理解には、栄養状態、認知機能、口腔衛生、身体機能、薬剤、消化管機能、摂食嚥下機能といった幅広い領域について知る必要がある。
脳卒中や神経筋疾患、頭頸部癌等の従来明らかに摂食嚥下障害の原因疾患となり得ると考えられている疾患が無くても摂食嚥下障害となるケースが存在する。こうしたケースの背景にはサルコペニアがある事が指摘されており、急性期の摂食嚥下リハ患者の約1/3にサルコペニアの摂食嚥下障害が認められる3)。サルコペニアの摂食嚥下障害の背景には、オーラルフレイル、老嚥、低栄養があると指摘されている4, 5)。オーラルフレイルは口腔機能の健常な状態と異常な状態の中間の状態であり、死亡リスク、身体的なフレイル、要介護認定との関連がある。オーラルフレイルは、歯科の専門家以外でも簡便に実施可能なOral frailty 5-item Checklist(OF-5)を用いて評価する事ができる6)。老嚥もまた、摂食嚥下機能の健常と障害の中間的な位置にある状態として提唱されている7)。評価方法のコンセンサスは存在しないが嚥下運動の衰えや嚥下関連筋の筋力・筋肉量の減弱が指摘されている8, 9)。また、薬剤の多剤投与を指すポリファーマシーは、死亡率や認知機能、摂食嚥下障害を含む身体機能と関連し、潜在的に不適切な薬剤(Potentially Inappropriate Medications:PIMs)が含まれていないかの評価が必要である10)(表1)。
表1 高齢者の摂食嚥下障害の背景のキーワード
a)Cruz-Jentoft AJ, et al.: Age and Ageing. 48: 16–31, 2019.
b)Chen LK, et al. J Am Med Dir Assoc, 21: 300-307, 2020.
c)Tanaka T, et al. Geriatr Gerontol Int. 23: 651-659, 2023.
d)Jensen GL, JPEN J Parenter Enteral Nutr. 43: 32-40, 2019.
摂食嚥下障害があると栄養リスクが高い。脳卒中で摂食嚥下障害のある患者は、そうではない患者に比し栄養障害の割合が2倍高く、摂食嚥下障害のある高齢者の55%は低栄養のリスクがある11, 12)。全身及び嚥下関連筋群のサルコペニアに起因する摂食嚥下障害をサルコペニアの摂食嚥下障害と呼ぶ5, 13)。サルコペニアの摂食嚥下障害の発症の背景には老嚥が存在し、不活動・低栄養・炎症といったサルコペニアを促進する因子が加わると摂食嚥下障害が生じると考えられている4)。サルコペニアの摂食嚥下障害の診断は信頼性と妥当性の検証された診断フローチャートが存在する13)(図2)。サルコペニアの摂食嚥下障害における栄養管理は重要で、積極的な栄養療法が奏功した例が報告されている。回復期リハ病棟のサルコペニアの摂食嚥下障害の患者には理想体重1㎏あたり1日30kcal以上のエネルギー量の食事を提供すると30kcal以下の患者に比し嚥下機能の改善が良い事が分かっている14)。サルコペニアの摂食嚥下障害者は、その他の疾患による摂食嚥下障害に比し低栄養の割合が多く、「低栄養」→「サルコペニア」→「嚥下機能を含む身体機能低下」の悪循環を断ち切るか、緩和する対応が必要である。
リハビリテーション栄養とは、障害を持った方や高齢者等に対し、「リハを考慮した栄養管理」と、「栄養状態を考慮したリハ」を行うことであり、リハ栄養ケアプロセスとして実践方法が示されている。入院中のリハ患者に栄養とサルコペニア対策を考慮した栄養療法と運動療法を行うと、ADL、咳嗽力、身体活動量が改善する。誤嚥の軽減から誤嚥性肺炎のリスクの軽減を期待できる。前述したように、誤嚥性肺炎の対策は身体の抵抗力と侵襲性を考慮した総合的な対策が必要であり摂食嚥下リハの際にも栄養とリハの負荷を考慮したリハビリテーション栄養を行うことが重要である15)。
図2 サルコペニアの摂食嚥下障害診断フローチャート
サルコペニアの集団を抽出したのちに摂食嚥下障害のある者を選択し嚥下関連筋の筋力を見る。
口腔衛生が誤嚥性肺炎と強い関連性を持っていることはすでに多数の研究で示されているが、リハにおける身体機能の向上とも強いかかわりがある16, 17, 18)。回復期リハ病棟における調査では、入院時に口腔衛生が不良であると退院時のADLの改善率が低い事がわかっている。つまり、口腔衛生を改善させることは単に呼吸器への細菌の侵入を軽減するだけでなく身体の抵抗性を高める効果があると推測できる。こうした研究の積み重ねから、リハ・栄養管理・口腔衛生の三位一体の対策の必要性が認められ、2024年の本邦における診療報酬改定では、リハビリテーション・栄養・口腔連携体制加算が新設された。急性期医療において、入院中の患者のADLの維持、向上等を目的に、「早期からの離床や経口摂取が図られるよう、リハビリテーション、栄養管理及び口腔管理に係る多職種による評価と計画」が要求されている。また、回復期リハビリテーション病棟等に入院する患者に対する口腔機能管理等の実施についても管理料が新設された。ここでは、歯科医師及び歯科衛生士による介入が必須とされている。
高齢者の肺炎予防における摂食嚥下リハビリテーションは、前述のオーラルフレイル、老嚥、サルコペニア、低栄養、ポリファーマシー、リハ栄養、口腔衛生への対応も含めた総合的な対策のうちの一つである。つまり、「嚥下体操をしたらそれだけで肺炎予防ができる」かのような説明は極めて短絡的でありその位置づけを十分理解して対象者に合わせたリハビリテーションを提供する必要があることは注意喚起しておきたい。
摂食嚥下リハビリテーションの概念に包括される領域は幅広く、運動療法、感覚刺激、環境調整、食形態の調整、代償的な嚥下方法の獲得、歯科領域における対応がある。なんとなく嚥下が悪そうだから…、とやみくもに何かの対策を講じるのではなくどこに問題が生じているのかを見極める必要がある。
摂食嚥下に関する過程のどこに問題があるのか?この見極めに有用な概念が摂食嚥下の一連の作業を概念化したモデルである。古典的には、食物を認知してから胃へ送りこむまでの過程は古典的に4つの期(stage)に分けられる。すなわち、準備期(口唇で捕食、咀嚼、食塊形成するまで)、口腔期(食塊を口腔から咽頭に送り込むまで)、咽頭期(食塊が食道入口部を通過するまで)、食道期(食塊が胃に移送されるまで)の4期である。5期モデルでは、4期モデルに先行期(食物認知から口腔へ取り込むまで)を加える(表2)。6期モデルでは先行期を視認(食物認知)と捕食(食物を口に運び口で保持するまで)に分ける。咀嚼を要する嚥下動作はプロセスモデルで説明できる。プロセスモデル19)では、4期モデルをベースに構成されているが、食物を臼歯部まで運んだ後に、食物の咀嚼・唾液と混和(processing)に並行して食物を順次咽頭へと送る(stage II transport)と説明されている。これらの一連の過程の中で、例えば認知機能に問題があれば、その領域のどこに問題があるのか(例:自発性が低い、視空間性の注意障害がある)、咽頭期に咳嗽が生じる場合、その領域のどこに問題があるのか(例:仮性球麻痺により嚥下反射の惹起が遅延してタイミングがずれる、舌根部の運動機能低下により早期咽頭流入する)等を十分検討して摂食嚥下障害の原因を明らかにする、あるいは不明なら不明と判断・推測する必要がある。特に、認知→感覚入力→嚥下反射惹起→効果器(筋)の活動の一連の流れを理解しておくことが重要である。特に感覚入力、嚥下反射惹起の問題は、運動療法での解決は困難であり、口腔衛生、薬物療法、覚醒を促すケアが必要である事に留意したい。
表2 摂食嚥下の5期モデル
摂食嚥下の5期モデルは、先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期に分けられる。対象者に摂食嚥下障害を認める場合、どの期に問題があるかを判断することが対策へつながる。
摂食嚥下障害とそのリハビリテーションの具体的な方法を全て概観することは成書に譲るが、本稿では幅広い臨床現場で実施可能な嚥下訓練、老嚥・オーラルフレイルのステージにある方への予防的な運動療法(レジスタンストレーニング)を紹介する。
干渉波を用いた経皮的感覚神経刺激法は感覚神経を刺激し嚥下反射の惹起性を改善させる。この方法では長期間の使用により咳反射の改善も期待できる20)。本機器の使用で摂食嚥下リハを実施したとみなす事ができ摂食機能療法の保険点数を算定可能である。
口唇、舌、下顎、舌骨上筋群はレジスタンストレーニングを行う事ができる。表3に検証された訓練方法を示す。舌骨上筋群の抵抗運動は頤舌骨筋を増強させ嚥下機能を改善させる事が示されており有用である。背臥位にて頭部を挙上させ一定時間保持する方法(頭部挙上訓練、シャキア法)は、古典的な方法として臨床現場に定着しているが、近年座位でも実施可能な方法(嚥下おでこ体操)の効果も科学的に検証され、嚥下関連筋の増強や嚥下機能への貢献が検証された。この方法は、座位で簡便に実施可能なので幅広い臨床現場で活用可能である。
表3 嚥下関連筋のレジスタンストレーニング
研究報告のある嚥下関連筋の個々の筋に対するレジスタンストレーニング
a)Shaker R, et al. Gastroenterology. 122: 1314-21.2002.
b)長尾ら, 嚥下医学7(2)262-272.2018.
c)Ogawa N, et al. Dysphagia. 2024. Epub ahead of print.
d)岩田ら, 耳鼻56s195-201.2010.
e) 杉浦ら, 日摂食嚥下リハ会誌,12: 69–74. 2008.
f)Wada S, et al. Arch Phys Med Rehabil. 93,1995-9, 2012.
g)Robbins J et al. J Am Geriatr Soc. 53: 1483-9.2005.
h)Park JS et al. J Phys Ther Sci. 27, 3631-4.2015.
i)大瀧ら, 言語聴覚研究 14 (2), 134-138, 2017.
j)津賀, 日補綴会誌, 8: 52-57, 2016.
k)中田ら, 日摂食嚥下リハ会誌, 17, 126-133, 2013.
*IOPI®: Iowa Oral Performance Instrument
実臨床では個々の筋をターゲットとした訓練のみ行う事は現実的ではなく種々の運動を組み合わせた運動プログラムセットを実施することが多いと思われる。効果の報告のある運動プログラムは藤島式嚥下体操セット21)である。このプログラムでは、頸部・口腔・顔面の可動域訓練、頸部のレジスタンストレーニング、呼吸訓練、発声訓練、構音訓練を組み合わせたものであり、自覚的な嚥下機能の評価を改善させる効果がある(表4)。
高齢者の発話と嚥下の運動機能向上プログラム(Movement Therapy Program for Speech & Swallowing in the Elderly:MTPSSE)22)は、運動生理学に基づいた、発話・嚥下関連筋を網羅する運動プログラムであり、可動域拡大運動プログラム、レジスタンス運動プログラムからなる。どちらの運動プログラムも可動域訓練、レジスタンストレーニング、呼吸訓練、発声訓練を重要視し、取り入れている事が特徴である(図3)。
表4 藤島式嚥下体操セット
藤島式嚥下体操セットは、嚥下体操、嚥下おでこ体操、ペットボトルブローイング、アクティブサイクル呼吸法、発声訓練で構成され嚥下関連筋だけでなく呼吸機能や咳嗽も考慮された運動プログラムで、効果が検証されている。
浜松市リハビリテーション病院https://www.hriha.jp/section/swallowing/gymnastics/より引用改変
図3 予防的アプローチにおいて重視される項目
これまでの報告から嚥下関連筋の可動域訓練、舌骨上筋群の抵抗運動、呼吸・発声訓練を重視すべきと考えられる。
誤嚥性肺炎の予防には身体の抵抗性と侵襲性を考慮した総合的な対策が必要である。オーラルフレイル、老嚥、サルコペニア、低栄養、ポリファーマシー、リハ栄養、口腔衛生への評価と対策を行うと同時に摂食嚥下リハビリテーションを行う必要がある。すでに障害のある対象者には摂食嚥下における問題点を見極めて、認知機能、感覚機能、反射機能、運動機能等のどこに問題があるのかを明らかにしてからアプローチすべきである。高齢者の摂食嚥下障害の予防的対応には、呼吸・発声・可動域訓練・レジスタンストレーニングを含む運動プログラムがある。
1) 野原幹司. 嚥下からみた誤嚥性肺炎の予防と対策. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌. 28, 179-185, 2019.
2) 野原幹司: 誤嚥性肺炎.植松 宏監修,訪問歯科診療ではじめる摂食・嚥下障害へのアプローチ, 医歯薬出版, 132-13, 2007.
3) Wakabayashi, H et al.: The Prevalence and Prognosis of Sarcopenic Dysphagia in Patients Who Require Dysphagia Rehabilitation. J Nutr HealthAging 23, 84–88, 2019.
4) Wakabayashi H: Presbyphagia and sarcopenic dysphagia: association between aging, sarcopenia, and deglutition disorders. J Frailty Aging3:97-103, 2014.
5) Fujishima I, et al.: Sarcopenia and dysphagia: position paper by four professional organizations. Geriatr Gerontol Int 19: 91-7, 2019.
6) Tomoki Tanaka et al.: Oral frailty five-item checklist to predict adverse health outcomes in community-dwelling older adults: A Kashiwa cohortstudy. Geriatr Gerontol Int. 23: 651-659, 2023.
7) Wakabayashi H: Presbyphagia and sarcopenic dysphagia: Association between aging, sarcopenia, and deglutition disorders. Frailty and Aging,2014.
8) Rofes L, Arreola V, Romea M et al.: Pathophysiology of oropharyngeal dysphagia in the frail elderly. Neurogastroenterol Motil. 22:851–e230,2010.
9) 松原慶吾, 他: 老嚥が疑われる高齢者の特徴~サルコペニア・嚥下関連筋のサルコペニア・口腔機能・栄養状態との関連~. 日摂食嚥下リハ, 27. 53-60.2023.
10) Pazan F et al. Polypharmacy in older adults: a narrative review of definitions, epidemiology and consequences. Eur Geriatr Med. 2:443-452.2021.
11) Foly NC et al.: A review of the relationship between dysphagia and malnutrition following stroke. J Rehabil Med 41:707-713.2009.
12) Rofes L et al.: Diagnosis and complications in the elderly.Gastroenterol Res Pract, 2011; 2011: 818979.
13) Mori T, et al.: Development, reliability, and validity of a diagnostic algorithm for sarcopenic dysphagia. JCSM Clinical Reports 2(2): 1-10, 2017.
14) Shimizu A, et al.: Nutritional Management Enhances the Recovery of Swallowing Ability in Older Patients with Sarcopenic Dysphagia. nutrients13(2) 596-596, 2021.
15) Wakabayashi H:Rehabilitation nutrition in general and family medicine. J Gen Fam Med, 18:153-154, 2017.
16) 白石愛,他. 高齢入院患者における口腔機能障害はサルコペニアや低栄養と関連する.日静脈経腸栄会誌. 2016; 31(2): 711-7.
17) 大石佳奈,他. 回復期脳卒中患者の口腔衛生・口腔機能と退院時ADLとの関連. Jpn J Compr Rehabil Sci, 13, 2022.
18) 吉村芳弘, 他. 歯科衛生士の口腔管理は回復期リハビリテーションの患者アウトカムを改善する. 日補綴会誌. 12: 42-9, 2020.
19) Palmer JB, Rudin NJ, Lara G, et al.: Coordination of mastication and swallowing. Dysphagia 7: 187-200, 1992.
20) Maeda K et al.: Interferential current sensory stimulation, through the neck skin, improves airway defense and oral nutrition intake in patientswith dysphagia: a double-blind randomized controlled trial. Clin Interv Aging. 12: 1879-1886, 2017.
21) 長尾菜緒他: 藤島式嚥下体操セットの継続的な実施による嚥下障害症状改善効果体操セット実施群と未実施群の比較検討. 嚥下医学7(2)262-272, 2018.
22) 西尾正輝: MTPSSE 第1巻 高齢者の発話と嚥下の運動機能向上プログラム: 総論, 学研メディカル秀潤, 2021.
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