京都府保健環境研究所所長 京都府立医科大学特任教授
藤田 直久
抗微生物薬耐性(Antimicrobial resistance: AMR)とは、細菌、真菌、ウイルス、寄生虫などの微生物に対して薬が効かなくなることです。近年特に細菌のAMRが注目されており、本稿でも細菌のAMRを「AMR」として、その感染対策について解説したいと思います。細菌のAMR、すなわち薬剤耐性菌といえば、日本では表1のような耐性菌が感染対策上問題となっています。そのなかでもVRSA、VRE、CRE、MDRAは感染症法上五類感染症全数把握疾患であり、これらの菌が分離されかつ感染症を発症しておれば、すべての医療施設で全例届出が必要となります。保菌状態の場合は届出の必要はありませんが、感染対策は確実に実施する必要があります。本稿では、主にこれらの耐性菌に注目して、感染対策について解説します。
表1 臨床的に重要な耐性菌と耐性機序、感染症法との関係
感染対策の基本はわかっているが・・
「やっている」と「できている」では大違い
確実にできるように何度も実際に練習しないとできない!
感染対策できていますか?ときくと「はい、接触予防策をやってます」と答えが返ってくるのですが、決して適切に「できている」わけではないことが多いのです。また、「基本は標準予防策」と簡単にひと言でかたづけていますが、実際は基本的なことを理解されていないことが多いようです。
最初に感染対策以前の常識として、「業務中に肩から上に手をもってゆかない」ことがあります。手はいろいろな場所を触ります。施設の環境(ベッドの手摺り、ドアノブ等)や医療器具類に触れる以外に、目や鼻、口元、耳、毛髪などに触れるため、ウイルスや細菌、真菌で汚染された手で顔に触れることで感染するリスクが高くなりますし、耐性菌のキャリア(保菌者)となる可能性もでてきます。
感染予防対策の一丁目一番地は、なんといっても「手指衛生」です。人の手は病める人々の手を握ったり、身体に触れたりすることで精神的なやすらぎを与えることができます。しかしながら、耐性菌で汚染された手は「耐性菌の運び屋」となり、耐性菌を拡げることになります。したがって、感染対策上の手技として、技術としても「手指衛生」は重要です。感染対策は手指衛生につきるといっても過言ではありません。産科医ゼンメルワイスが手指衛生で産褥熱による死亡が減ることを証明してから約180年が経過していますが、未だに手指衛生の遵守率は100%には到達しません。手指衛生の遵守率があがれば感染症が減ることは周知の事実ですが、遵守率を上げるための涙ぐましい努力が世界で今もなされています。
次に、マスクですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでのマスク着用により、感染することも感染させることも両方において効果的に感染伝播を防ぐことが明らかとなりました。急性呼吸器感染症の予防策としてのマスクは重要ですが、マスクを着けたままでとなるとちょっと問題です。マスクは、自身が発する飛沫やエアロゾル飛散防止のために着用する「相手を守るためのマスク着用」(これは比較的長時間着用)と、標準予防策として体液/血液等の飛沫飛散から「自分自身を守るためのマスク着用」(関係する処置が終われば外す)の2種類あります。前者の場合はJIS T9001規格の一般用または医療用マスクを、後者は血液バリア機能をクリアした医療用マスクを使用します。また、一般的にN95微粒子マスクと呼ばれるマスクは空気感染対応のときに着用しますが、これも日本ではJIS T9002規格があります。
そして、真打ち登場の「標準予防策」です。そもそもこれまで出てきた「手指衛生やマスクは標準予防策の一部ではないか!」とのご指摘をうけるでしょう。しかしながら、上記3つのことは基本中の基本なので、それをまずできるようにしたいので、標準予防策の中から重要項目を取り出して、ここで強調しているわけです。標準予防策の具体的対策を表2に示します。
表2 標準予防策の具体的対策:全ての医療・介護現場で全ての患者・入所者のケアに対して実施
2007 Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings
http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/isolation2007.pdf
加えて、環境整備です。人の手の触れるところは細菌、真菌、ウイルスなどのさまざまな微生物で汚染されています。したがって、頻繁に手の触れる場所の定期的な消毒は必要です。と同時に物品類の整理整頓が不十分な場所、特にベッド周囲は整理整頓していないと余分なものに触れる結果、汚染を拡げることになり、耐性菌伝播につながります。
ここまでは、耐性菌だけではなく、一般的な感染対策について解説してきましたが、耐性菌の感染対策は、これまでと「ちっともやることは変わらない」のです。むしろ耐性菌をもっていることがわかればやるべきことは決まっているのです。ところが、耐性菌が厄介な理由は、細菌検査をしなければわからないです。多くの場合、耐性菌は皮膚や腸管などに保菌定着しており、発症しておりません。その結果症状がないので、耐性菌を保菌していてもわかりません(表3)。
そのため、日頃から手指衛生や環境整備などが不十分だと、知らない間に耐性菌は拡がっているということになります。つまり、日頃から手指衛生を含む標準予防策(というよりも接触感染経路を意識した対策)が適切に実施されていないと拡がり、結果的にアウトブレイクとなります。逆にいうと、日頃から適切に手指衛生、環境整備をふくむ標準予防策が実施されておれば耐性菌が拡がることもないわけです。
表3 代表的な薬剤耐性菌の定着部位と検出状況のまとめ
耐性菌拡大リスクは・・・
1. 定着リスク
●人体:腸管(便)と皮膚、喀痰、創部(褥瘡)など
●デバイス:尿路カテーテル、気切部など
●環境:シンク・排水口など
2. 伝播リスク
●低い手指衛生遵守率
●整理整頓されていない環境
●オムツ交換・排泄介助
●喀痰吸引
●下痢
●認知機能低下・ADL低下
●抗菌薬投与
定着のしやすさ・定着から発症のリスク
急性期病院 > 慢性期病院 > 介護施設 > 在宅
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2018/182111/201818004A_upload/201818004A0009.pdf
急性期病院では、海外での入院歴のある患者や他院からの転院が時にありますが、この場合はその国やその施設での耐性菌分離状況を把握し、可能なら耐性菌の有無を予め転院前に知っておくことで、来院時から適切な感染対策の実施が可能となります。また、発熱、下痢、咳などの症状がないかの問診も重要です。
耐性菌は直接的または間接的な接触により拡がるため、「ひろげない」と「もちださない」が感染予防対策には重要です。つまり、手指衛生と環境整備による感染経路の遮断です。
1)もちださない
利用者居室や患者ベッドの周囲環境に触れたら、そこを離れるときには手指衛生の実施により、感染伝播を防ぐことができます。
2)ひろげない
上記手指衛生はもちろんのこと、汚染された環境をつくらないことも重要です。つまり、吐物、便の付いたオムツなど汚染物の処理時に汚染を拡げないように処理することであり、これはノロウイルス患者の吐物処理で十分に訓練していることですが、ノロに限らずすべての汚染物の処理時、あるいは取扱い時に周囲環境を汚染しない手順ができるよう訓練が必要です。また汚染された環境から清拭や消毒剤により耐性菌を除去または消毒します。さらに、よく手に触れる環境を日常的に清拭すること、または消毒することも必要です。
図2 医療・介護施設における感染対策
ARI:急性呼吸器感染症、ノロ:ノロウイルス胃腸炎、AMR:薬剤耐性菌、TB:結核
「高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版 2019年3月」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf)を改変して使用
感染症法の届出の基準にもあるように、届出はあくまで「感染症発症」患者です。しかしながら、特にVRE,CRE、MDRAなどが検出された場合はすでに感染が拡大している可能性もあるので、その地域の感染対策ネットワークや連携している病院の感染対策チーム、相談できるICN、そして保健所に状況報告し、適切なアドバイスをうけることで、より早く対策が実施できます。
最初に耐性菌の見つかった患者が最初の感染者ではなく、多くの場合は他の患者から感染していることが多いので、患者の病室移動をチェックし、その患者と同室あるいはリハビリ室が同じなどの共通事項(接触伝播する機会)がなかったかをチェックし、必要に応じて接触者スクリーニングを計画します(図3)。
図3 耐性菌のアウトブレイクは・・・感染経路は複雑
●最初に耐性菌陽性になったヒト(発端者)が施設に持ち込んだ人ではない
●他に耐性菌の無症状保菌者がいるかもしれない?
●すでに退院しているかも?
●病室内で、病棟内で、病院内で拡がっているかも???
●保菌スクリーニングが必要
耐性菌のアウトブレイクでは、手指衛生のタイミングや遵守率、環境整備の手順などの見直しを必ず実施します。そして、確実にできていることを定量評価しなければなりません。確かに新たな感染者がなくなることで感染対策の効果を評価することはできるのですが、どのレベルになれば感染対策の効果がでるのかの客観的指標がないとわかりませんし、再度アウトブレイクが起こらないという保証はありません。したがって、実施した対策のいくつかを客観的に測定できるようにします。そして、病院なのか、介護施設なのかで対応は異なってきますので、和歌山市感染症情報センターの資料を参考にしてください。4)
耐性菌の隔離解除の指標はありますが、世界的に定まったものがないのが現状です。米国や日本でも、VREやMRSAのグラム陽性球菌の耐性菌対策に接触予防策を実施していない施設もあります。CREについても、カルバペネマーゼを産生している症例のみを隔離接触予防策をしているところもあります。ということで、それぞれの施設で決めることになります。目安として、2018年の米国のガイドラインがありますので提示しておきます(表4)。
表4 隔離解除基準 (SHEA米国医療疫学学会2018)
CP:接触感染予防策、SP:標準予防策、BMT:造血幹細胞移植、MDR-E:薬剤耐性腸内細菌目細菌
Infect Control Hosp Epidemiol. 2018 F eb;39(2):127-144. を参考にして筆者作成
VREやMRSAについては接触予防策を実施しない施設が日本でも見受けます。しかしながら、予防策緩和によるメリットとデメリット(図4)を考慮して、各施設で判断する必要があります。
図4 Q:接触予防策の緩和によるメリット・デメリットは?
メリット
●患者ケアの質の向上:
●医療資源の効率的利用:
●患者満足度の向上:
●環境への影響軽減:
●医療従事者のストレス軽減:
●医療の迅速化:
デメリット
●感染拡大のリスク:
●医療従事者の感染リスク:
●環境汚染:
●感染対策意識の低下:
●法的リスク:
●公衆衛生上の懸念:
●他の感染対策強化の必要性:
●モニタリングの複雑化:
●耐性菌は、発症よりも保菌定着していることが多いため、検査をしなければ見つからない。したがってひとり見つかったときにはすでに拡がっている可能性がある。
●耐性菌対策は、耐性菌がみつかってからはじめるのではなく、日頃からの感染対策がとても重要である。なかでも手指衛生と環境整備は感染対策の要であり、これが不十分だと感染拡大する。
●アウトブレイク時には感染対策の状況を客観的に評価できる指標で、対策の効果を見る。
●耐性菌対策の実施において、隔離を含む接触予防策の開始と終了は、感染拡大と感染症発症のふたつのリスクを考慮しつつ、隔離によるメリットとデメリットについても検討をしたうえで判断することが重要であるとともに、施設の感染対策の遵守状況など施設の状況により対策は異なり、決して一律ではない。
1) 多剤耐性グラム陰性菌感染制御のためのポジションペーパー 第二版:環境感染誌 32: S1-S26,2017 http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/position-paper(2)_2.pdf
2) 高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版 2019年3月」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf)
3) 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 国際感染症センター:医療機関における海外からの高度薬剤耐性菌の持ち込み対策に関するガイダンス第2版 令和6年3月30日https://dcc.ncgm.go.jp/prevention/resource/resource05.pdf
4) 和歌山感染危機管理支援ネットワーク(WaICCS):医療・介護施設における薬剤耐性菌の対応指針2022/4/1Ver.1.0 http://www.kansen-wakayama.jp/network/pdf/2022/20220404_a.pdf
5) 馬場尚志、村上啓雄:介護施設等における薬剤耐性菌対策ガイド 2018年12月 (岐阜大学医学部附属病院 生体支援センター) https://mhlwgrants.niph.go.jp/system/files/2018/182111/201818004A_upload/201818004A0009.pdf
6) E.Gall and A.Long: 6.1.3.3. Discontinuation of Contact Precautions、Making Healthcare Safer III: A Critical Analysis of Existing and EmergingPatient Safety Practices. 2020 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK555512/#ch9.s2
7) Banach DB, Bearman G , et al: . Duration of Contact Precautions for Acute-Care Settings. Infect Control Hosp Epidemiol. 2018 Feb;39(2):127-144.
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