実践事例
病院名:徳島赤十字病院
お話いただいた方:角谷美千代(かくたに・みちよ)氏
徳島赤十字病院 医療安全推進室/感染管理認定看護師
1992年に小松島赤十字病院(現:徳島赤十字病院)に入職し、産婦人科病棟、脳外科病棟、ICU、オペ室などで勤務。2007年に日本赤十字看護大学看護実践・教育・研究フロンティアセンター認定看護師教育課程を修了。2008年に日本看護協会認定看護師認定審査に合格し、現在まで徳島赤十字病院にて専従看護師として勤務している。
また、2015~2018年までICNJ四国支部世話人、2019年からは日本感染管理ベストプラクティス“Saizen”研究会世話人を務める。
本記事は2019年7月6日、岡山県岡山市にて開催された「手指健康セミナー」での講演を取材したものです。
徳島赤十字病院では病院長直下に医療安全推進室を設置しており、その下部組織として院内感染防止対策委員会(以下、ICC)が組織されています。さらにその配下に感染防止対策チーム(以下、ICT)と抗菌薬適正使用支援チーム(以下、AST)が配置されており、角谷氏はICCとASTの委員、ICTと看護部内の感染予防委員会では委員長として携わっており、院内全体で専従として感染対策に携わっています。
角谷氏は「重要性は言うまでもない」としながら、かつて同施設では手指衛生遵守が徹底されていない状況にあったことを報告しました。
「手指衛生が感染の拡大を防ぐ最も重要な手段であることは広く認められています。実際、簡単な行動であるにもかかわらず、当院では遵守が徹底されていない状況でした。手指衛生遵守に向けた取り組みは、ICTとしても病院としても重大な責務です。」(角谷氏)
角谷氏が感染管理認定看護師を取得した翌年の2009年から、同施設は手指衛生遵守に向けたさまざまな取り組みを実施してきました。
同施設では、手指衛生環境の整備を「患者サイド」と「職員サイド」に分けて実施。これまでに以下のような取り組みを行ってきました。
【患者サイドの手指衛生環境の整備】
▼2009~2011年
▼2012年
【職員サイドの手指衛生環境の整備】
▼2009年
▼2011年
▼2012年
▼2014年
▼2016年
▼2017年
上記のうち、2014年に開始した「手指消毒実施回数の他部署との比較」については、すべての病棟部門を対象に、年度別の実施回数を掲示しているそうです。また、手術室や透析室など病棟以外の部門でも実施回数をグラフで可視化することで、実施回数が増えたといいます。
こうした地道な努力を重ねた結果、同施設での一患者様に対する手指消毒実施回数(一日あたり)は、2009年度と比較して約3倍にまで増加。また、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の新規検出率も減少が見られました。
「ただ、現在の実施回数も決して高いわけではないので、『まだまだ頑張らないと』と感じているところです。また、こうした手指消毒剤による手指衛生遵守率向上に取り組んできた結果、新たな課題として、手荒れに関するケアの必要性も浮かび上がりました。」(角谷氏)
手荒れがあると常在細菌叢が過度に変化し、黄色ブドウ球菌やグラム陰性桿菌などの通過菌を増加させるほか、手指衛生をしても十分な消毒が困難になります。また、スタッフ様の手指衛生の回数が減少するとともに、血液媒介病原体などによる感染リスクが増加します。
このように、手荒れは患者様とスタッフ様、双方の感染リスクを高めることから「病院全体の感染対策に影響する」と語る角谷氏。同施設では現在、手荒れのひどいスタッフ様を対象にICTがフォローを実施しています。
フォロー対象としているスタッフ様は計54名で、職種としては看護師が85%と最も多く、うち85%が女性。年代は20、30代が全体の約8割を占めています。所属部署別に見ると病棟スタッフ様の割合が大きいですが、これは同施設の病棟数が多いため。所属人数に対して手荒れしている方の割合が大きい部署は、やはりアルコール手指消毒剤の実施回数が多いICUや救命センターだといいます(2019年6月現在)。
なお、同施設ではこれまでに、手荒れ対策として以下の取り組みを実施してきました。
【手荒れ対策に向けた取り組み】
▼2009年
▼2010~2011年
▼2015年
▼2017年
皮膚科の医師(ICD)はICTの構成メンバーとして、手荒れのあるスタッフ様のハンドケアについて介入を行っているといいます。
上述の「手荒れ対策に向けた取り組み」を行う中で、同施設は2018年、スタッフ様用手指洗浄剤の見直し・変更を余儀なくされました。変更のきっかけは、米国食品医薬品局によるトリクロサンを含有した石けんの販売停止措置。角谷氏は、当時使用していた手指洗浄剤のメーカーの担当者から「現在のハンドソープが提供できなくなる」と聞き、慌てて代替品を探したといいます。
「抗菌成分の種類や有無にかかわらず、手肌にもやさしく、しっかりと洗浄できる―。都合のよい話かもしれませんが、それらを実現できる製品に変えたいという思いが強くありました。」(角谷氏)
角谷氏は、まずメーカー各社のサンプル品を複数手配し、セーフティマネージャー、皮膚排泄ケア認定看護師、事務とともに製品を選定。成分、性状、におい、使用感などを確認してEX-CARE泡ハンドウォッシュを含む上位3製品を選定し、現場での試用を開始しました。
【試用の概要】
試用の結果、約5割の部署がEX-CARE泡ハンドウォッシュを選択しました。
【試用後に寄せられた意見】
以上の結果からEX-CARE泡ハンドウォッシュへの変更が決定したものの、当時導入していた製品の提供が停止となるタイミングが迫っていた関係でコスト交渉の時間が取れず、やむなく他のサンプルに変更することになりました。
角谷氏は「特に問題がなければこのままでも」と思っていたそうですが、リンクナースから「EX-CARE泡ハンドウォッシュを導入してもらえないか」という相談を受け、より多くの人が継続して使用できる製品の方が「取り組み活動」としても意味があると考え、同製品の導入に向けて動き出すことに。しかし、製品変更による「コスト増」の課題をクリアしなければなりませんでした。
「コストの増加はEX-CARE泡ハンドウォッシュ導入に向けた最大の障壁でしたが、幸いなことに濃縮タイプのEX-CAREコンパクト泡ハンドウォッシュが発売されており、むしろコストを削減できる期待があったので、使用量を調査することにしました。これが1段階目の調査です。」(角谷氏)
【使用量調査の実際】
調査の結果、当時使用中の手指洗浄剤が10週間で43本消費していたところ、EX-CAREコンパクト泡ハンドウォッシュが16.6本となり、使用量が61.4%減少したことがわかりました。さらにコスト減だけでなく、在庫保管数の削減、ボトル交換の手間削減、廃棄容器ごみの量削減といったメリットも明らかに。ICUに勤務するスタッフ様からは「手肌の調子が良い」「手の潤いが保たれている実感があり、早く導入してほしい」という声が寄せられたといいます。
使用量調査
一方で、使用品の1回の排出量が1ccであったのに対し、EX-CAREコンパクト泡ハンドウォッシュは0.3ccと少なかったため、角谷氏には「手術時手洗いを行う外科医などから苦情が出るのではないか」という懸念もありました。そこで、外科系の診療部長や麻酔科医、医療安全推進室長などから構成される手術室運営委員会へ依頼し、手術時手洗いでの使用が可能かどうかの調査・検証を行いました。これが2段階目の調査です。
【使用状況調査の実際】
調査の結果、EX-CAREコンパクト泡ハンドウォッシュへの変更に対する苦情や反対意見は、手術室を使用する12診療科のいずれからも出ることはありませんでした。また、使用品であれば35本消費していたところ、この調査でもEX-CAREコンパクト泡ハンドウォッシュなら20.5本で済むという結果となり、2018年12月に、晴れて新規採用が決定しました。
手術時手洗いにおける使用量調査
これらの「手荒れに対する取り組み」は現在も続けられています。自分の手肌の状態に対する意識づけを促すために、本年6月、同施設では手荒れしているスタッフ様48名を対象に、手の皮膚の評価ツールを用いた皮膚の自己評価を実施。評価項目は徴候、損傷、保湿、感覚の4つで、それぞれ数値が高いほど正常に近い状態を表します。
角谷氏は「手荒れが実感しにくい6月に実施している」と前置きした上で、「自己評価が低下したのは0名、変化がなかったのは4名、その他44名は評価が上昇した」と報告しました。
さらに、自己評価に加え、手荒れしているスタッフ様に対して、状況(の変化)をヒアリングしたそうです。そのうち、「良かった」と答えた方は22名、「まったく受診しなかった」と答えた方が2名、「今までと変わらない」と答えた方が15名いたといいます。この結果に角谷氏は「良い結果が得られたのではないか」と話しました。
「手荒れに悩む職員を増やさないよう、今後もチームとして支援介入を行っていき、さらなる手指衛生の遵守、推進に向け、継続的かつ多角的に取り組んでいきたいです。患者様やそのご家族、そして職員すべてを感染から守るという責務を全うしたいと思います。」(角谷氏)
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