実践事例
病院名:石巻赤十字病院
お話いただいた方:松本亜紀(まつもと・あき)氏
石巻赤十字病院 感染管理室/感染管理認定看護師
1999年に石巻市立病院、2011年に石巻赤十字病院に入職。2015年に北海道医療大学 認定看護師研修センター 感染管理分野を修了。2016年に感染管理認定看護師資格を取得し、同年より石巻赤十字病院で感染管理室専従看護師として勤務。
本記事は2019年7月27日、宮城県仙台市にて開催された「手指健康セミナー」での講演を取材したものです。
石巻赤十字病院ではスタッフ様に対し、WHOが推奨する5つのタイミングでの手指衛生の実施を推奨しています。手指衛生の実践状況を直接観察したところ、「体液に曝露された可能性のある場合」「患者に触れた後」「患者周辺の物品に触れた後」については一定数のスタッフ様が流水と石けんによる手洗いを実践していることが分かったといいます。以前から手に目に見える汚れがある場合と無い場合の手指衛生方法を使い分けるよう指導していた松本氏は、この状況について「『流水と石けんによる手洗いをひとつの作業の最終工程として実施しないと気持ちが悪い』と感じるスタッフも含まれるのでは」と分析しました。
当院の手指衛生実践状況
なお同施設では「手指衛生自己評価フレームワーク」を活用し、以下の表のように手指衛生レベルを可視化することで「どこが伸びしろか」「どこに焦点を当て改善すべきか」を経年評価・分析し、戦略的な手指衛生の推進に取り組んでいます。
手指衛生自己評価フレームワーク 当院における手指衛生の実力は?
以下の表は2014年度から2017年度までの活動内容ですが、手荒れに関する取り組み(赤字箇所)は少ない状況でした。
手指衛生自己評価フレームワークに基づく多角的な手指衛生遵守活動(2014-2017年度)
システム変更
研修および教育
職場での注意喚起
評価およびフィードバック
施設の安全文化
医療職のスタッフ様に対して手荒れに関するアンケートを実施したところ、70%の方が「手荒れがある」、64%の方が「手荒れに悩んでいる」と回答。しかし、手荒れのケアを行う季節を問う設問で「通年」と回答した方は40%弱にとどまったそうです。ハンドローションを施設から提供しているものの、手荒れのケアを通年行う方が40%にとどまることについて、松本氏は「忙しい業務中ではこれが精一杯」と見ているといいます。
医療職員対象のアンケート結果(2018年)
Q.現在、手荒れ(カサつき、ささくれ、ひび・あかぎれ、赤み、痒みなど)がありますか?
Q.手荒れケアを行う季節はいつですか?
Q.手荒れ(カサつき、ささくれ、ひび・あかぎれ、赤み、痒みなど)に悩んでいますか?
Q.ハンドローションやハンドクリームを使うタイミングはいつですか?
松本氏の資料を参考に作成
この結果を受けた同施設は、2018-2019年度戦略として手荒れに関する取り組みを大きく増やすことを決定。「組織を挙げて取り組む意思を表明して取り組みを実行すること」と「施設の安全文化を醸成する取り組みとすること」を指標に、手荒れに関する以下の活動(下線箇所)を行うことになりました。
WHO手指衛生自己評価フレームワークに基づく多角的な手指衛生遵守活動戦略
(2018-2019年度)
システム変更
研修および教育
職場での注意喚起
評価およびフィードバック
施設の安全文化
「介護・医療従事者の手荒れを個人的な問題とするか、施設で取り組むべきこととするかと問われれば、やはり手指衛生遵守を掲げる以上、施設で考えるべき。医療従事者の手荒れは施設の課題と考えます。」(松本氏)
同施設が策定した2018-2019年度戦略のうち、手指洗浄剤(EX-CAREコンパクト)の導入については「戦略的に準備を進めた」という松本氏。新規採用に際しては、当時使用していた製品と、安価に購入できる共同購入品を含めた3つの選択肢があったといいます。
事務方の理解を得るための戦略としては、1プッシュあたりのコストを評価指標として示したほか、同時に他の商品も見直すことで総合的なコスト減につながることをプレゼンしたそうです。新規採用の申請会議ではサンプリングとアンケートの結果を提示し、組織的な対応をお願いしたといいます。実施したサンプリングの概要は以下のとおりです。
【試用の概要】
※手指の皮膚の状態を徴候・傷・保湿・自覚症状の4項目について7段階で評価するスケール(スコアが高いほど良い)
4週間に1回のペースで面談・指導を行いつつ、スキンコンディションスコアでスタッフ様の「徴候」「傷」「保湿」「自覚症状」を評価したところ、自覚症状をはじめとして、スコアはおおむね良好であったといいます。
2018-2019年度戦略 製品サンプリング兼手荒れコンサルテーション
●期間:2018年9月~11月(約8週間)
●対象:ICTリンクスタッフが選出した手荒れ症状がある社員(炎症・落屑・亀裂など)
●方法:製品サンプリング+CNICによる指導
●評価:Larson's skin self-assessment tool使用(スキンコンディションスコア)手指の写真撮影・聞き取り
※Larson's skin self-assessment tool
手指の皮膚の状態を徴候・傷・保湿・自覚症状の4項目について7段階で評価するスケール(スコアが高いほど良い)
松本氏の資料を参考に作成
新規手指洗浄剤のサンプリング期間を捉えて、松本氏は「手の洗い方・拭き方の指導」と「スキンコンディションの見える化(スコア化)」を試みました。これらの取り組みにより、スタッフ様からは「アルコールの手指消毒剤が使えるようになった」などの声が寄せられたといいます。
「サンプリングを行う際、対象職員の選定はリンクスタッフに一任しました。現場スタッフの自主性に頼るのではなく、手指衛生遵守活動の主力メンバーに率先して行動してもらうことで、『組織の安全文化醸成につながれば』というねらいがありました。」(松本氏)
上述した手指洗浄剤の新規採用と同時期に、同施設はノンアルコールの手指消毒剤も導入。現在は「アルコールによるアレルギーがある」または「手荒れが発生したときの一時的な対応」と自己申請したスタッフ様に限定し、手荒れが発生したときの一時的な対応としてノンアルコール製剤を支給しています。スタッフ様がノンアルコール製剤を使用するには、所属長が承認した以下の申請書を提出する必要があります。
2018-2019年度戦略
ノンアルコール手指消毒剤申請者から拾い上げる
手荒れコンサルテーションとフォローアップ
●アルコールによるアレルギー対応、手荒れ発生時の一時的な使用に限定
●ノンアルコール手指消毒剤支給時、申請書を添えて提出
●管理者との情報共有、必要時支援を受けられるよう捺印欄を作成
支給申請者(≒手荒れ発生者)を抽出し、リピート状況を注視
受け身のコンサルテーションから脱却、CNICから積極的にアプローチする事が可能に
松本氏の資料を参考に作成
申請制に関してはスタッフ様から「面倒だ」という声も寄せられるといいますが、どのスタッフ様がノンアルコール製剤を使用しているかを把握でき、継続的に使用している方や使用が途絶えた方に対し、CNICから積極的に個別のアプローチができるようになったそうです。
新製品の採用とあわせて、同施設ではスタッフ様に対する啓発活動も積極的に行われています。2018年度から同施設の目標像が変更となり、「どのような医療環境にも耐えられる強靭な医療提供体制の構築」と「職員に対しても思いやりのある職場環境の提供を目指す」という新たなビジョンが示されたそうです。
これをチャンスと捉えた松本氏は、製品の導入とともに院内広報誌で職員向けコラムの連載を開始。施設の目標像に合わせて、手荒れに対して組織を挙げて取り組み続けることを示しているといいます。
また、「コストを下げ、事務方にも手荒れ対策の重要性を理解してもらい、今後も快く協力を得られる良好な関係性を築きたい」ということで、EX-CAREコンパクトを1プッシュで使用してもらうためのポスターを掲示し、スタッフ様への周知を図っています。
花王「ソフティEX-CAREコンパクト」導入でコストも減らそう!
手を濡らして「1プッシュ」促進ツールの活用
手指洗浄剤の新規採用と、それに伴う啓発活動など、組織的な手荒れ対策に取り組んでいる同施設ですが、その後新たな課題も出てきたといいます。
EX-CAREコンパクトを導入後、松本氏は「実際に1プッシュを守れているのか」を把握するための調査を実施。1患者1日あたりの手指衛生回数を、1プッシュの場合と2プッシュの場合のそれぞれで算出したところ、「実際は2プッシュで使っている」という結果が見えたといいます。
このほか、同施設は手術時手洗い(ウォーターレス法)でもEX-CAREコンパクトの導入を検討しているそうですが、現在使用している他社のディスペンサーから切り替えるための工事費などがネックとなっているようです。手術室に関わるスタッフ様の中にはノンアルコール製剤を請求する方や、手荒れコンサルテーションを受けている方が多いことから、松本氏は導入に前向きである一方、「コストをどこで補填するかが課題」と語りました。
2018-2019年度戦略として、組織的な手荒れ対策を大幅に増加させた同施設。上述のような新たな課題が生じている状況も踏まえ、松本氏は組織にマッチした対策を行うこと、そして組織として活動に取り組むことの重要性を強調しました。
「施設にはそれぞれ特性があると思いますので、それに合わせた対策を実行することが大事だと思います。また、手荒れコンサルテーションや製品を導入するためのサンプリングを行う中で現場スタッフと関わることの重要性を感じました。こうした機会を継続的に持ち、組織を挙げて取り組んでいくことが施設の安全文化を作っていくのではないかと考えています。」(松本氏)
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