花王の歩行研究

歩行研究のはじまり

幼児が家族に手を引かれ歩いている写真

花王が歩行研究に取り組んだきっかけは、乳幼児用の紙おむつの開発でした。赤ちゃんがつかまり立ちからよちよち歩きをはじめるまでの期間の歩行動作を解析し、ヒトが歩けるようになる仕組みを研究したのがはじまりです。数多くの乳幼児の歩行パターンを解析し、紙パンツをはいて歩く時も裸で歩く時のようなストレスのない動きができる乳幼児用紙おむつの商品開発に役立てています。
最近では大人の歩行パターン解析にも力を入れ、赤ちゃんから高齢者までのべ1万人以上の歩行パターンの解析を通じて、老化による歩行の変化を数値化・可視化してきました。それらは高齢者にとって着脱しやすい紙パンツの開発や、生活機能低下によるリスクの研究、高齢者の歩行機能低下を防ぐ研究などに応用しています。
一生涯を通じての「歩く」を科学することで、高齢化社会への貢献が期待されるような研究の一部を以下に紹介いたします。
 

日常歩行速度を可視化しADL低下を予防する研究

高齢者の健康維持のためには歩行の量(歩数、時間)だけではなく、歩行の質(速度・歩き方)が大切だということが先行研究から明らかになっています。また、高齢者のADL(日常生活動作)の低下やフレイルの発症は、歩行速度の低下と密接に関与していると言われています。
しかしながら、これまで歩行速度の測定には広い場所や環境を用意する必要があり、被検者にも負担がかかるという課題がありました。そこで花王はより簡単で日常的に計測が可能である活動量計に着目し、日常歩行速度を算出することを試みました。
市販の活動量計の多くは歩幅を固定値として入力した後に歩数を計測することで歩行速度を推定するので、本来の日常生活速度を推定することは困難です。そこで花王では、ケーデンス(歩行ピッチ)と加速度変化をもとに算出した運動強度が、実際にシート式下肢加重計で測定した歩行速度と非常に高い相関がある事を見出しました。この関係性から活動量計を用いた日常歩行速度推定モデルを確立しました。
この活動量計を用いて、フレイルと判定された女性後期高齢者に試験を行ったところ、6ケ月で日常歩行速度が低下した群は、上昇した群に比べADLのいくつかの指標が有意に低下していました。
すなわち、歩行の「質」を表す日常歩行速度を測定することで、ADL低下の恐れがある対象者を早期に発見できる可能性が示唆されたことになります。(*1)

<参考文献>
(*1)高柳直人、山城由華吏、須藤元喜他.活動量計を用いた日常歩行速度とADL低下に関する研究:「厚生の指標」第61巻第4号2014年4月 一般財団法人 厚生労働統計協会

皮膚冷刺激による高齢者の歩行トレーニング効果の研究 

高齢者の筋力低下予防および改善において、高強度のトレーニングは有効ですが、身体的リスクが高く介護予防には取り入れにくいのが現状です。したがって、高齢者のフレイル予防や介護予防には、安全で継続しやすい低強度の運動メニューが求められています。
先行研究より、皮膚を25℃にコントロールして運動すると、皮膚冷刺激が運動神経活動に促通的に作用し、高強度でなくても筋力向上に有効な速筋を動員できる(*1)ため、対象とする筋肉の上に冷却パッドを当てながら行う低強度筋力トレーニングが有効であることがわかっていました(*2)。しかしながら、冷却パッドを用いて25℃を維持しながら運動するこの方法は、高齢者でなくても非常に難しく、実際の歩行場面で用いることは現実的ではありません。
そこで花王は、冷却パットの代わりに日用品でよく用いられるメントールが有効ではないかと考えました。メントールは皮膚中の冷受容体(TRPM8)を刺激し、25℃-28℃に相当する冷感を与えることが知られています(*3)ので、塗るだけで同様の効果を示すのではないかと考えたのです。
まず、メントールを大腿四頭筋上の皮膚(太もも前面)に塗布してから低強度膝伸展運動を行うと、未塗布の場合と比較して筋活動の増加が観察され、速筋の選択的な動員が示唆されました(*4)。
この結果を受けて、太もも前面にメントールを塗布することで皮膚を冷刺激しながら行う歩行トレーニングが有効であるかについて試験を行いました。
運動習慣のない60代女性を3群<歩行+皮膚冷刺激群>/<歩行群>/<非運動群>にわけ、運動を実施する2群には1日30分間のウォーキングを週に2回、6週間行ってもらったところ、すべての群で筋量に変化はありませんでしたが、<歩行+皮膚冷刺激群>においてのみ、膝伸展時の最大筋力と筋力発揮率(瞬発性の指標)が共に有意に増加しました(*5)。
これは、メントールによる皮膚冷刺激を付加した歩行トレーニングが、25℃に冷やして行った低強度トレーニングと同様に、筋力の低下予防と改善に有効であることを示唆しています。さらに、メントールを塗布して歩くだけという簡便性は高齢者の介護予防トレーニング戦略として有用な手段となりうることを示唆していると考えられます。
なお、皮膚冷刺激を付加した歩行については、マウスを用いた解析からも、低強度運動でありながら、速筋を支配する大きな運動神経が優先的に動員されることが確認されており、歩行程度の運動で早歩きに相当する運動神経が活動した可能性が示唆されています(*6)。

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