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コラム

2018年12月10日更新

シリーズ:介護施設のリスクマネジメント~事例とよくわかる対処法~(全3回

【第1回】ご家族の要求する介助方法で事故が起きたら?

著者 山田滋氏のプロフィール写真

著者プロフィール/山田滋(やまだ・しげる)株式会社安全な介護代表、リスクコンサルタント

施設のリスクマネジメントは、介護現場の責任者の方にとって特に気になる事柄かと思います。本コラムでは介護施設で起きた事故を例に、適切な対処法やトラブルの予防法について、リスクコンサルタントの山田滋氏からご紹介いただきます。

「口から食べて死んでも本望ですから」と無理な経口摂取を要求してくるご家族がときどきいらっしゃいます。では、ご家族の要求する介助方法で事故が起きたら、施設は責任を問われるのでしょうか?「ご家族の無理な介助方法の要求を受け入れたのだから、施設の責任はない」と主張できるのでしょうか?

とある施設(特別養護老人ホーム)の事例

ある特養で胃ろうのご利用者様の入所が決まりました。ところが、入所寸前になって次女から「母は胃ろうだけど家では口から食べさせていた。多少のことがあっても責任はとるから口から食べさせて欲しい」と強い要求がありました。
 
次女の要求してきた食事形態は

  • 水分にとろみを付ける
  • 粥よりやわらかい米飯。混ぜご飯や丼ものは好きなので普通食
  • 肉は水分で薄めずにミキサーにかける

などです。
通常の胃ろうのご利用者様では考えられないものでしたが、“家でも食べられた”という言葉を信用して受け入れました。

しかし、経口摂取を開始してみると、とろみを付けた水でもムセるうえ、5~10回ムセ込みが起きて長時間苦しい状態が続き、かなり無理があることが分かりました。次女はその度に「私が言ったやり方でやらないから」とクレームを言います。

ある日、次女がいないときに介護職員が混ぜご飯(普通食)を食べさせていると、急に苦しそうになりチアノーゼが出たため病院に救急搬送しましたが、病院で亡くなりました。次女は施設の不適切な食事介助が誤えん事故の原因だとして、訴訟を起こすと言っています。
 

施設では、今後このようなリスクの高い介助方法の要求については、「事故が起こっても施設は一切責任を負わない」という念書に印鑑をもらうことにしました。

この対処は適切でしょうか?見直すべきポイントを見ていきましょう

 
1. たとえご家族の要望でも施設は責任を問われる

前述の事故は施設の過失となり賠償責任は発生すると考えられます。たとえご家族の要求する介助方法が不適切であると施設が指摘していたとしても、その介助方法を受け入れて実行してしまえば、安全配慮義務違反として過失責任を問われるのです。
 
なぜなら、ご家族は介護については素人であり正しい介助方法についての知識はありませんが、施設は介護のプロです。ですから、ご家族が適切でない介助方法を要求してきた場合は、介助方法が不適切である理由をしっかり説明して適切なサービスを提供しなくてはなりません。
 
法的にも、介護保険法八十七条に「(特養の場合)要介護者の心身の状況等に応じて適切な指定介護福祉施設サービスを提供するように努めなければならない。」とありますから、不適切な方法と分かっている介護サービスを提供すると、介護保険法に違反することになってしまいます。施設はご家族を説得して、適切な介護サービスを提供する法的な義務があるのです。

 
2. 見直しポイント:どのような要求は応えられないのか決まっていない

問題は、全てのご家族の要求を「どこまで受け入れて良いのか、どの介助方法は断らなくてはいけないのか」その基準が明確になっていないことです。また、ご家族の要求する介助方法を断るのであれば、その根拠もきちんと説明しなくてはなりません。個別ケアが大切だというのですから、理由もなくご家族の要求全てを断わって施設のやり方を押し通すわけには行かないのです。

しかし、本事例のように極めて危険と分かっている介助方法を安易に受け入れてしまえば、事故が起きたとき責任を問われます。施設では、入所時または初回の介護計画書作成時に、正確なご利用者様の身体機能のアセスメントに基づき、「たとえご家族のご要望であっても、危険な介助方法の要望には応えられない」と、ハッキリご家族に説明する必要があります。

無理な介助方法の要求は、経口摂取の要求だけではありません。「父を常時見守って転倒させないで欲しい」と要求するご家族や、我流の不適切な介助方法の要求もあります。ですから、あらかじめこれらの要望には応えられないことを説明する書面を用意しておけば、ご家族に対しても説明がしやすくなります。では、どのような要望を、どのような理由で断れば良いのでしょうか?

 
3. どのような要望は拒否するべきか?

私はコンサルタントとしてこれらのご家族向けの説明文書を作ろうとしましたが、なかなか良い説明方法が見つかりません。そんな折、ある特養が入所時に介助方法の受け入れについて、書面で説明していると聞き施設長に見せてもらいました。そこでは入所時に次のような書面を使ってご家族に説明しているのです。

ご家族の要望する介助方法にお応えできない場合

当施設では、入所者様の介助方法についてご家族のご要望にできるだけお応えしたいと考えていますが、次のような介助方法についてはお応えできませんのでご了承ください。

  1. 入所者様に不適切と考えられる介助方法(ご本人に苦痛が生じるようなケース)
  2. 施設業務の業務上対応が不可能な介助方法(「24時間常時見守りをする」などのケース)
  3. ご本人の生命の危険に及ぶような介助方法(経口摂取に危険があるのに口から食べさせるなどのケース)

この介助方法の要望に対する説明は、極めて明快でご家族にとっても理解しやすいので、私たちもこの書面を参考にすることにしました。実は、こちらの特養も以前に「口から食べて死んでも本望なので」というご家族の要求を受け入れて誤えん事故でご利用者様が亡くなり、大きなトラブルになったことがあるそうです。

 
4. ご家族が納得しない場合の対応

さて、前述の説明方法でご家族が納得してくれれば問題ありませんが、中には自分の介助方法に固執して施設の説明を聞き入れないご家族もいます。このような場合には、より高度な知識を持った専門家の意見を聞くという方法があります。
 
例えば、本事例のようにえん下機能に即していない食事形態を主張された場合は、「口腔外科の医師や口腔リハビリの専門家にも意見を聞いてみましょう」と、専門家の第三者に判断を委ねれば良いのです。かたくなに固執するようなご家族であっても、お医者様の意見は受け入れてくれるケースは結構多いのです。
 
最近では水飲みテストが改訂され、少ない水の量でえん下機能のテストができるようになったので、ST(言語聴覚士)の水飲みテストによって納得してくれた方もいます。
ところが、ご家族の中には専門的な知識を持っていて、「このメーカーのソフト食であれば大丈夫」と経口摂取に執着してくる方もいるようです。このようなご家族にはどのように対応したら良いでしょうか?
前出の施設長は「私どもの施設は介護保険という公的な制度で運営されている事業なので、ご利用者様の生命の危険が及ぶような介助方法は法令で禁止されていてできないのです」と対応しました。
 
また、施設長はさらにこう付け加えました。「食事介助中にご利用者様が苦しみ出して誤えんで亡くなったら、職員は精神的に強いショックを受けて介護職を続けられなくなる人もいます。ご利用者様の安全も大切ですが、私たちは職員も守らなくてはいけませんから」と。

 
5. 念書に印鑑をもらっても法的な効力はない

なお、事例にも出ていた「事故が起こっても施設は一切責任を負わない」という念書には注意が必要です。平成13年4月に施行された消費者契約法により「事業者と消費者との契約において、事業者の消費者に対する損害賠償責任の全部または一部を免除するような条項は無効とする(消費者契約法八条)」とされました。ですから、このような内容の念書や覚書を取り付けても、施設に過失があれば賠償責任を問われることになります。
 
医療機関や介護施設などでは、業務上のリスクを回避するための安易な手段として、「○○が起きても一切意義を申し立てません」などの、念書や覚書を取り付ける慣習がありました。消費者契約法においても、念書や覚書を取り付けること自体が違法という訳ではありません。
 
しかし、消費者契約法には、悪質な訪問販売などから消費者を保護するだけでなく、事業者と消費者の情報量の不均衡などから起こる地位の不平等を是正する目的があります。医療や介護は事業者と消費者の地位が不平等である典型業種と言われていますから、このような一方的な約定は自重する必要があります。

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