2019年3月18日更新
シリーズ:介護施設のリスクマネジメント~事例とよくわかる対処法~(全3回)
【第3回】居宅前で転倒発生!施設の責任はどこまで?
著者プロフィール/山田滋(やまだ・しげる)株式会社安全な介護代表、リスクコンサルタント
施設のリスクマネジメントは、介護現場の責任者の方にとって特に気になる事柄かと思います。本コラムでは介護施設で起きた事故を例に、適切な対処法やトラブルの予防法について、リスクコンサルタントの山田滋氏からご紹介いただきます。
今回は、デイサービスの送迎中に転倒が発生し、トラブルへ発展した事例について見ていきましょう。
とある施設(デイサービス)の事例
Aさん(男性93歳)はデイサービスのご利用者様で、左半身に麻痺があるため車椅子を利用していますが、送迎において大きな問題があります。Aさんの自宅の玄関から門までが10mほど砂利道になっていて、車椅子で移動できないのです。そのため、普段はAさんに車椅子から立っていただき、職員が体を支えながらゆっくり慎重に歩行を介助しています。なお、過去に一度だけ舗装のお願いをしましたが、そのままになってしまっています。
ある日、デイサービス終了後、相談員が居宅までお送りした時のことです。門扉のところで、Aさんに車椅子から立ってもらい右側から腕を支えながらゆっくりと玄関まで歩いて行きました。玄関に着くと奥様(88歳)がドアを開けて「ここでいいですよ」とAさんに手を差し伸べてくださったため、相談員は「ではお願いします」と言って握っていた手を離しました。ところが、その直後にAさんがふらつき奥様と一緒に転倒してしまいました。受診した結果、Aさんは大腿骨頸部骨折と診断されました。
デイサービス側は「奥様が“ここでいいですよ”とおっしゃったのでお任せしました。送迎は玄関までなのでわたくしどもに過失はありません」と説明しました。しかし、近所に住んでいる息子さんは「88歳の母に父の介助を任せるなんてどうかしている」とクレームを言ってきました。
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本当に施設側に過失はないのでしょうか?
デイサービスの送迎範囲とともに適切な対処について見ていきましょう。
1. デイサービスの送迎範囲は「玄関まで」ではない
まずは「デイサービスの送迎の範囲は居宅の玄関までである」というデイサービスの説明について考えてみましょう。本事例のように玄関などで転倒事故が起こると、「契約上デイサービスの送迎の範囲は玄関までである」と、“場所”で取り決められたように説明するデイサービスがありますが、これは間違いです。タクシーのような運送事業であれば、“どこまでお届けする(人を輸送する)”という契約内容と解釈できますが、デイサービスは介護事業であり運送事業ではありません。
つまり、デイサービスの送迎範囲は、「居宅に帰着し安全な状態と認められるまで」です。なぜなら、送迎業務は単にご利用者様を運送する業務ではなく、車両の乗降や屋外の歩行を介助して移動させるという、施設の介護業務の一環とみなされるからです。
すると本事例の場合、ご利用者様は左半身に麻痺を抱えながらも車椅子から降りた状態でしかも職員が支えているのですから、帰着して安全な状態になったと認めることはできません。当然居宅内で座位の状態になって、初めて業務が終了したとみなされるのです。
その他の事例でも、「いつもは家にいらっしゃるご家族がお留守だったため、ご利用者様を家におひとりで置いて来てしまいクレームになった」など、送迎時のご家族とのトラブルは少なくありません。送迎時は他のご利用者様を送迎車にお待たせしていますから、職員も忙しく、ていねいな対応ができない事情もあります。送迎時の対応については、できる限り事前にご家族と取り決めておくと良いでしょう。
2. 奥様に介助を任せて良いか?
次に、奥様が「ここでいいですよ」と介助を辞退した時は、お任せしても良いのでしょうか?本来施設の職員がすべき介助業務であっても、ご家族が自ら介助すると申し出ればお任せしても問題ありません。しかし、それはご家族に任せても安全であると判断できる場合に限られます。
本事例では、施設職員でも難しいような歩行介助を行っている訳ですから、これを88歳の奥様に任せることは到底安全とは判断できません。ですから、本事例のケースのように、誰の目から見ても「こんな場所で高齢の奥様に介助を任せるのは危険」と判断される状況では、ご家族の申し出を断って居宅内の安全な場所にお連れしなければならないのです。
ですから、デイサービスの送迎範囲において、ご家族が介助を辞退(拒否)したことについても、デイサービス側の施設の「過失はない」という主張は通りませんから、きちんと謝罪をした上で損害を賠償しなくてはなりません。また、ご利用者様自身が職員の介助を辞退(拒否)して転倒骨折した事故の裁判で、施設の過失とされた判例もありますので注意して下さい(※)。
デイサービスのご利用者様(要介護度2で杖歩行)が、デイサービス終了時にトイレに行きました。このときご本人が「一人で大丈夫だから」と言って、トイレのドアを閉めてしまったので、職員はトイレ内までは付き添いませんでした。しかし、ご利用者様はトイレ内で転倒し大腿骨を骨折してしまいました。
ご利用者様のご家族は、たとえご本人が「一人で大丈夫だから」と言っても、歩行が不安定で転倒の可能性が高く介助すべき状況であったとして、デイサービスに過失があると訴訟を提起。裁判所は原告の訴えを認め賠償金の支払いを命じました。
(H17年3月22日横浜地裁判例)
3. 難しい移動介助は相談員では困難
本事例では、居宅の門から玄関までの移動環境が危険なので、ドライバーの他に相談員が送迎に同行していますが、今回のケースでは相談員が適役とは言えません。相談員はデイサービス内でご利用者様の介助に直接携わっていませんから、ご利用者様の細かい身体機能の状態や身体介護のリスクについて熟知している訳ではありません。転倒の直接原因ではないとしても、左半身麻痺のAさんを右側から支えるのは正しい介助方法とは言えないでしょう。
その上、「立位が難しい車椅子全介助のご利用者様を、砂利道で歩行介助する」という極めてリスクの高い介助であれば、介護職員が付き添って行ったほうが適切でしょう(本来は二人介助で行うような環境ですが)。
また最近では、送迎時に難易度の高い移動介助を、初任者研修を取得しているという理由でドライバーに任せているデイサービスがあります。しかし、居宅の移動環境のリスクは施設とは比べ物になりませんし、知識も技術もないことがほとんどです。送迎時のドライバーによる介助中の事故が増えていますから、もっと慎重に対応して欲しいと思います。
4. 自宅の移動環境のリスクは誰が改善すべきか?
最後に、根本的なリスクが放置されていますので、これを改善しなければなりません。それは、送迎時の居宅の移動環境のリスクです。なぜ、立位不可の車椅子全介助のご利用者様を、砂利道で歩行させなければならないのでしょうか?ほんの10m程度であれば、舗装路に作りかえることも難しくはありません。本事例では、「奥様に舗装を依頼したことがあるもののそのままになってしまった」とありますが、本来はケアマネジャーに提案すべきでした。
介護サービスの安全性を確保するために、居宅のリスクを改善する役割を負っているのはケアマネジャーです。住宅改修や福祉用具のレンタルによって、居宅の環境リスクはかなり改善することが可能です。訪問介護事業者もデイサービスも居宅の環境リスクに気付いていながら、何の対応もせずに安易にサービスを引き受けてしまうことがあります。そして、サービス提供中に事故が起きれば自らの責任になってしまうのです。
サービス提供開始時には、必ず居宅でのサービス提供上のリスクを把握して、ケアマネジャーやご家族にその改善を求めなければなりません。極論ですが、介護サービス提供に関して著しい居宅環境のリスクがあれば、そのサービス提供は断らなくてはならないかもしれないのです。
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