2021年12月21日更新
苦情との向き合い方次第でサービスの質向上が狙える?より良い苦情解決方法とは
著者プロフィール/高頭 晃紀(たかとう・あきのり)
1961年東京生まれ。1998年より、ケア管理システムをはじめ、介護保険関係のシステム開発を数々手掛ける。介護施設への経営(介護福祉施設の稼働率向上、在宅サービスの利益向上)・ケア(利用者の健康向上、自立支援)のコンサルティング業務も数多く、講演活動も精力的に行なっている。社会福祉法人虐待再発防止第三者委員を歴任。近年は特に介護事業の人材定着、能力向上プロジェクトに注力。著書に『介護現場のクレーム・トラブル対応マニュアル』や『3ステップでめざせ一流 ホンモノの介護職になろう』(全3冊)などがある。
介護施設に寄せられた苦情には「不平・不満」だけでなく、「利用者のニーズ」が含まれていることがあるため、介護施設の施設長様は苦情の裏側にあるニーズを適切に汲み取り、サービスに反映していくことが大切です。
そこで今回は、「具体的にどのような苦情事例があるのか」「適切に苦情を解決する方法とはなにか」「苦情をサービスの質向上につなげるにはどうしたらいいのか」を高頭晃紀氏に解説していただきます。
苦情に向き合うときに大切な考え方
苦情とは「不平・不満の気持ち」です。まずは、利用者や家族が不平・不満の気持ちを抱く前にニーズを適切に吸い上げて、組織としての対応の要・不要を的確に判断することが大切です。
多くの場合、苦情となる前に「クレーム」「要望・リクエスト」「疑問・質問」「指摘」などの別の形で利用者・家族から「施設の誰か」にアプローチされていることがほとんどです。さらに、複数回にわたって「違う誰か」にアプローチしていることも多くあります。この時点での情報共有がなされて、苦情になる前に組織として「事案化」されていれば、「早期発見」と「初期消火」できる可能性があります。
厚生労働省による「社会福祉事業者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針」では、介護事業所の苦情解決体制として、「1.苦情解決責任者」「2.苦情受付担当者」「3.第三者委員」を設置し、それを周知することを求めています。ですから施設ではその旨の掲示があり、重要事項説明書にも記載があるはずです。また、実際に介護サービスを行っている現場職員、相談員、あるいは施設長など管理監督職は、日常の中で利用者・家族の「不平・不満の気持ち」を受け止められる立場にあるはずです。
しかし施設内で初期に適切に対応できないと、要望や疑問が苦情化し、外部機関への苦情申し立てなど事態が悪化してしまいます。高齢者介護の場合、不平・不満を抱いた利用者や家族が苦情を申し立てる公的なルートが複数存在します。
ここで考えなくてはならないのは、不平・不満の気持ちを上記の外部機関に申し立てることに至る「利用者・家族の気持ち・事情」です。外部機関への申し立てが行われるのには、多くの場合「施設への不信感」が関係しています。例えば、「施設に直接アプローチしたが、望ましい解決や解決に至る進捗が見られない」「そもそも施設への不信感があり、直接申し立てることを望まない事情がある」といった背景が考えられます。つまり、利用者・家族側にすれば、施設は公平・妥当な解決の当事者、主体になりえないので、公的第三者に介入してもらおうと考えたわけです。
そのため、施設に寄せられる苦情について対策を考える上では、苦情化する前に適切に対処し、利用者や家族に施設を信頼してもらうことが重要になります。
では、発生してしまった苦情に対して、施設はどのように対応すればよいのでしょうか。事例をもとに苦情の解決方法を解説します。
スタッフの言動に対する苦情
まずは、スタッフの言動に対する苦情事例について解説します。
苦情事例
日常的に苦情となるケースとして、スタッフの言葉遣いに関係するものがあります。発端には様々なパターンがありますが、3つほど例を挙げてみましょう。
例えば1は、一歩間違うと外部機関に「あそこの施設では、日常的に利用者の尊厳を冒しているし、虐待している」と匿名通報されかねません。そこまでいかなくても、これらのケースはクレームとして、あるいは世間話や冗談として相談員やユニットリーダーに「スタッフからこういう風に言われた」と伝えられるケースが多いのです。
解決するには?
事例の1については、施設の考えにもよりますが、介護上の都合で認知症の利用者をあだ名で呼ぶ、ちゃん付けするなどの場合もあると思います。その場合はカンファレンスを開いて事情を共有し、どういう場合にあだ名などで呼びかけるかをケアプランに位置づけて、家族の同意をとりましょう。そのためには、家族からこういうクレームがあったと、ヒヤリハット報告書や事故報告書を起票することが必要です。
利用者・家族が疑問を持つような言葉遣いをしている場合、「ケアとして適切なのだろうか?」という自分たちへの問いかけが重要になります。「言葉遣い」というと、介護とは別のもの、あるいは敬語の使い方などのテクニックの課題としてとらえてしまいがちですが、利用者・家族とのコミュニケーションは接遇であり、つまり介護そのものです。言葉遣いが悪いという指摘は、介護のレベルが低いという指摘とイコールだととらえなければなりません。
2と3については、不適切な言葉遣いや応対・応答に関しても、ケアのやり方や内容の課題であるとしてヒヤリ・ハット報告書に記入し「事案化」することが重要です。またこのようなケースは、「こんなことを言われた」と家族からクレームが来る場合と、近くに居合わせた職員が聞き咎めたケースがあります。近くに職員がいた場合は、その場ですぐに謝罪などの対応をする必要がありますが、同時に、ヒヤリハット報告書も起票する必要があります。本来は、不適切な発言をした職員が起票するべきですが、その場で注意できなかった場合などは、居合わせた職員が、ヒヤリハット報告書を起票することになります。ただし、すでに施設で苦情受付書を活用されているところは変える必要はありません。
サービスに対する苦情
次に、利用者に提供しているサービスに対する苦情について、事例とともに解決方法を解説します。
苦情事例
利用者・家族からの苦情において、ケアやサービスの品質に問題があると指摘される場合があります。例えば以下のような事例です。
利用者の家族は施設を信頼しつつも、実際にどのようなケアを受けているか不安に思っています。そのため、サービスに疑問があれば施設側に「おかしいのではないか」と尋ねるのは自然です。
解決するには?
これらのケースは、全て「介護事故」として扱うべきものです。ケアの質の問題であり、結果として不良なケアやサービスが提供されたのですから「介護事故」として現在の改善ルートに乗せて改善を図るべきです。事故として扱いますので、謝罪や賠償などは、従来のルートとして処理すればよく、また再発防止などについても現場での対応対策の協議、改善を行う流れとして扱うことになります。
前項で触れたスタッフの言動や、この項での本人へのケアに関わる問題、そして物品の紛失やサービス提供時間のずれなど、ケアやサービスの質・内容に関わる問題は、全てヒヤリ・ハット及び介護事故として分類し、対応対策を協議していくべきものです。「苦情処理」というと対社会的側面・対人テクニック・交渉能力などがクローズアップされがちですが、「ヒヤリ・ハットや介護事故」として扱えば、自ずと施設内部での改善と被害者への謝罪、賠償などの対応に向かいます。
説明・情報提供に関する苦情
最後は、利用者や家族への説明・情報提供に対する苦情について、事例とともに解決方法を解説します。
苦情事例
実際に施設に直接、抗議、苦情として持ち込まれることが多いのが、料金に関わることです。大半は利用者・家族サイドの理解不足なのですが、理解不足は裏返せばこちら側の説明不足ということです。介護保険給付にかかる料金の体系だけでなく、各種生活上の利用料また医療保険や医療処置などに関わる自己負担(医療材料の自己負担など)などは制度上も複雑であり、また軽減措置なども入り組んでいます。施設で新たに加算を算定すると自己負担分も増えますので、それぞれの事情・都合がある利用者の家族にとってはいろいろな思いがあるはずです。
料金に関わること以外にも、以下のような説明の場面で施設側と利用者・家族側の間に理解のズレが発生しやすくなります。
解決するには?
ここでは、「苦情受付書」を用い、組織として対応するのが適切な対応となります。これらのことは契約関係に属することであって、サービスを提供する、サービスを受ける前提となるものです。つまり、これらに関する疑義・抗議・苦情は、ケアやサービスの質・内容の話ではありません。したがって、前項までに触れていたヒヤリ・ハットや事故報告書として現場の改善・対応の流れに乗せるべきものではありません。
苦情受付書で情報を共有し、施設上層部(経営レベル)で協議して対応を決めることになります。特に金銭面の問題や生活上のルールについては現場で判断ができない経営レベルの案件である場合が多いため、慎重に対応を考える必要があることは言うまでもありません。
外部機関や苦情解決責任者などに正式に申し立てられた場合
外部機関や施設の苦情解決責任者、苦情受付担当者、第三者委員などに正式に申し立てられた場合は「苦情受付書」の起票から始まる正規の苦情受付ルートとして処理する必要があります。苦情受付担当者が受け付けた場合は、苦情内容やその改善状況などを苦情解決責任者と第三者委員へ報告する義務があります。また、ヒヤリ・ハットや事故報告書として始まった事案であっても、外部機関や苦情相談として申し立てられた場合は、こちらに該当します。このルートの場合はマニュアルに沿って進めていくことになりますので、各施設にあるマニュアルを参照してください。
苦情解決には関係性の構築が重要
接遇、ケア、サービスの質や内容について、クレームやご指摘を受けることは、組織にとってチャンスであるというのが施設責任者の一般的な考え方です。もちろんそのことに異論を唱えるつもりはないのですが、現場の職員の感覚で言えば「私たちが未熟で、利用者や家族に本当に申し訳ない」「人手不足で忙しい中、いろいろ要求されたり文句を言われたりしたら、たまったものじゃない」など、複雑な感情が入り混じるのが自然です。明確なミスや失言ならば反省・自戒も素直にできますが、「もっと良いケアを」という抽象的な要望や、実現するには相当負荷のかかる無理に近いようなリクエストの場合は、反感を持ったとしても不思議ではありません。
そもそも介護というものの性質上、適切なケアやサービスの質・量は数式で算出できるものではなく、「相場」というものもありません。また、スタッフが休んだ、別の利用者の急変があって人手が足りなくなったなどの理由から、昨日までできていたケアが今日はできないことはよくあることです。
そういった現状では、やはり施設経営側・現場職員・利用者・家族の相互理解と関係性の構築が何よりも重要だと考えます。利用者・家族に甘えてはならないのはもちろんですが、施設・職員にも事情と都合があり、本人・家族にも考えや事情、都合があることを前提に解決策を考えることが重要です。現時点で出来る最善を双方が理解・納得し、協力して施設のレベルを向上させていく関係性を築くことをまず優先すべきと考えます。具体的には、普段から、施設側からの積極的な情報開示とケアの内容、状況説明に労力を惜しまないことがカギだと考えます。
それでも苦情が減らない場合は?
苦情が減らない原因の1つに、苦情発生の要因分析が不十分であることも挙げられます。例えば、家族に対して不適切な言葉遣いがあった場合に、その職員の資質の問題で済ませてしまう(「本人の自覚」を解決策にする)と、施設全体の事案や課題になりません。
不適切な言動の原因を当該職員に起因したものと考えるのではなく、以下のように、職員の外側に原因があり、それが職員にそうさせたと考えることが重要です。これを「外在化」と呼びます。
この外在化は、単にクレームについてだけでなく、現場での事故の要因分析に大事な視点です。上記を考慮した場合、ヒヤリハット報告書、事故報告書、苦情受付書の記載事項について、介護施設全体で確認することも重要な取り組みと言えます。例えば、現在お使いの報告書に以下の欄を増やすことも一案です。
クレームなどに関して、上記の報告書に記載すべき事項は、相手の気分の温度感です。「ご立腹されていた」「ご不満そうであった」などの情報が貴重な情報です。同時に柔らかな物言いであったとしても、普段あまり不満を口にすることのない利用者・家族からであれば、その情報も大事なものとなります。
同時に、クレームや苦情の対象となった行為や事実について、起こった状況や経緯を各報告書に記載することが重要です。その場合は言い訳がましくならないよう、事実を端的に記載することを心がけましょう。例えば、「他の利用者の介助中に、家族から話しかけられたときのことであった」という記載は重要ですが、「他の利用者の介助中に、家族から話しかけられたので、ついこのような対応になった」という記載は、言い訳がましくも見えます。また、「フロアが忙しかった」という記載では、忙しかった程度がわかりません。「受診付き添いのため、通常よりスタッフが一人少ない状態で、フロア業務を行なっていた」などの書き方がふさわしいと考えましょう。
このように報告書の内容が充実すると、要因分析がより精緻に行え、有効な対策が立てられると考えられます。
報告書の例として、ダウンロード資料「苦情受付書の適切な記載の仕方」をご用意しました。苦情受付書を記入する際のポイントを記入例付きでご紹介していますので、ぜひ業務にお役立てください。
参考文献:
・国保連合会「介護サービス向上のために~苦情をサービス改善の契機に~」(2020年3月)
・高頭晃紀「介護現場のクレーム・トラブル対応マニュアル」
・高頭晃紀「介護事業の経営・運営ノウハウ: これで失敗しない!」
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