コラム

2021年9月21日更新

ヒヤリ・ハット報告書の分析は十分?分析時に大切な視点とは

著者 村田麻起子氏のプロフィール写真

著者プロフィール/村田 麻起子(むらた・まきこ)
社会福祉法人リガーレ暮らしの架け橋 マネージャー
1997年、在宅で訪問介護を経験。2000年からは、施設ケアを中心に経験を通して、特養介護主任、主任生活相談員、介護支援専門員を担う。2005年からは、活動拠点を京都に移し、社会福祉法人健光園に特養マネージャーとして就職。その後同法人の開設した地域包括支援センターのセンター長、ユニット型特養の施設長。2012年から現職、研修事業、スーパーバイズ事業及び地域展開の実務に携わり現在に至る。介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員 社会福祉学修士。

事故防止を目的として作成されるヒヤリ・ハット報告書。書類に記入するだけで終わってしまい、内容を分析して改善策を打ち出すまでには至らない…、あるいは要因の分析がしっかりできず同じようなことが繰り返されてしまう…、そんな施設も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、介護施設の管理者向けにヒヤリ・ハット報告書をその後の業務に活かすべく、分析する際に大切な視点を村田 麻起子氏にご解説いただきます。ヒヤリ・ハット報告書の分析例も掲載していますので、事故発生の予防策を検討する際の参考としてお役立てください。記事の最後には、ダウンロード資料として報告書のフォーマットもご用意しています。ヒヤリ・ハット事例が発生した原因の分析に活用できますので、ぜひご利用ください。

  • 本媒体では、介護施設等の入所者は「ご利用者様」、介護施設や施設職員は「介護施設様」「管理者様」「スタッフ様」などと表記しておりますが、本記事では「利用者」「介護施設」「管理者」「スタッフ」としております。

ヒヤリ・ハット報告書を分析する前に知っておくべき2つのこと

ヒヤリ・ハット報告書を分析するためには、まずヒヤリ・ハット報告書を正しく捉えることから始めることが大切です。ヒヤリ・ハット事例に関して知っておくべきことを2つご紹介します。

ヒヤリ・ハット事例はすぐ共有して対策を立てることが大切

ヒヤリ・ハット事例が発生したときは、まず、スタッフ間ですぐに事例を共有して当面の対策を決めるよう運用するほうが効果的です。状況や原因を論理的に整理してから報告する運用の場合、事例の発生から時間が経過して、報告を活用できないまま、大きな事故が起きてしまうことがあるためです。

ヒヤリ・ハット報告書を最大限に活用するためには、事例のポイントを即時にチームで共有して互いに注意喚起したり、当日の勤務者でミニミーティングを開催して対策を立てたりする仕組みを作りましょう。
 
あわせてカンファレンスやリスクマネジメント委員会などで事例を共有して、分析的思考で課題検討をすることも大事です。1か月~3か月単位など期間を区切って、出されたヒヤリ・ハット報告書の全体の傾向や共通する状況を分析することで、事業所全体のリスクマネジメントに生かすことができます。

ヒヤリ・ハット報告書の多発は悪いことではない

現場のスタッフから「ヒヤリ・ハット報告が多発して困っている」というご意見をよくお聞きしますが、この状況は必ずしも悩ましいとは言い切れません。

ヒヤリ・ハット報告が多く上がるということは大きな事故に繋がる可能性のある危険な出来事の情報が顕在化している証拠で、報告された内容は対策を立てるための材料となります。むしろ、ヒヤリ・ハット報告書が出てこない状況のほうが問題であると考えられます。

また「同じ人に同じ事故が繰り返し発生する」というご意見をお聞きすることも少なくありません。この場合はヒヤリ・ハット報告書が施設内で「書いて終わり」になっていて形骸化しているか、ヒヤリ・ハット報告書を元に実施した対策やケアの内容を見直す必要があることを意味していると考えられます。

ヒヤリ・ハット報告書の分析時に大切な2つの視点

次に、事故予防の観点からヒヤリ・ハット報告書を分析する際に大切な2つの視点をご紹介します。1つ目は「1つの事故には複数の要因がある」という視点、2つ目は「ご利用者の自立と安全を両立する」という視点です。

【視点1】1つの事故には複数の要因がある

ヒヤリ・ハットする出来事や事故は、1つの要因ではなく複数の要因の重なり、あるいは要因と要因のつながりで発生します。これは労働災害や安全管理の分野で頻繁に引用されている「ハインリッヒの法則」や「リーズンの軌道モデル」などによって示されています。

ハインリッヒの法則

ハインリッヒの法則とは、事故発生のメカニズムを確率で示したものです。1つの重大な事故の背景には29の軽微な事故が存在し、さらにその背景には300のヒヤリ・ハットする出来事が存在すると考えます。

ハインリッヒの法則

ハインリッヒの法則の図。

ヒヤリ・ハット事例をハインリッヒの法則で捉えると、ヒヤリ・ハットする出来事を報告して対策に取り組むことで事故につながる確率が下がると期待できます。

リーズンの軌道モデル

リーズンの軌道モデルとは、事故発生のメカニズムをスイスチーズの穴の重なりに関連づけて説明したものです。通常は1つの事故の発生を防ぐために複数の安全対策が設けられています。しかし、それぞれの安全対策で漏れがあったりエラーが続いたりした場合、重ねたスイスチーズの穴と穴が一直線につながるように「事故のリスクの穴」がつながり、事故が発生してしまうという考え方です。

ハリーズンの軌道モデル

リーズンの軌道モデルの図。事故発生のメカニズムをスイスチーズの穴の重なりに関連づけて説明している。

リーズンの軌道モデルの図。事故発生のメカニズムをスイスチーズの穴の重なりに関連づけて説明している。

リーズンの軌道モデルの図。事故発生のメカニズムをスイスチーズの穴の重なりに関連づけて説明している。

事故を発生させないためには、いずれかの安全対策で事故のリスクの穴を塞ぐことが必要です。ヒヤリ・ハット報告書の分析は、このようなリスクの穴の1つを塞ぐ試みだといえるでしょう。
 
1つの事故に複数の要因があるという視点はヒヤリ・ハット報告書や事故発生の要因を分析する際に基本となりますので、施設内で共通認識を持つようにしましょう。

【視点2】利用者の自立と安全を両立する

福祉サービスにおいては利用者の尊厳の保持、自立の支援、自己決定といった考え方を軸に生活を支援します。事故を回避するあまり管理的になり利用者の自立を阻害することはサービスの考え方に反します。そのため、ヒヤリ・ハット報告書を分析する上では、利用者の自立と安全を両立する対策を考えることが重要です。
 
そこで、対策を考える際は利用者の自立と安全どちらかを選ぶのではなく、事故のリスクをゼロにはできない中でも危険なことをできるだけ未然に防ぐ視点が大切になります。

ヒヤリ・ハット報告書の分析事例

実際のサービス提供場面では、以下のようなヒヤリ・ハット事例が報告されています。スタッフの中には同じような経験をされた方がいるかもしれません。

  • 利用者が食事中にあやうく食べ物を喉に詰めそうになった
  • 利用者が移動時にふらつき、転倒しそうになった
  • 服薬介助の際に薬の間違いに気づき、誤薬を回避した

これらの事例に対して、実際にどのように分析や対策を考えていけばよいのでしょうか。今回は、食事中に食べ物が喉に詰まりそうになるHさんのヒヤリ・ハット事例を参考に「尊厳と自立」「食事の内容」「食事中のケア」の3つの視点から分析をしてみましょう。

【Hさんのヒヤリ・ハット報告書】

ヒヤリ・ハット報告書の画像

Hさんのヒヤリ・ハット事例の概要

Hさんの場合、食事は普通食を自分で食べることができ、義歯もつけています。しかし食べ物をかき込むように食事するため誤嚥や食べ物がのどに詰まるリスクがあり、何度もヒヤリ・ハット報告があがっています。危険なときはスタッフが食事介助しようとしますが、Hさんは拒否します。

ヒヤリ・ハット報告書には、「内容・状況」と「要因」の部分に以下のように記入しました。

 ヒヤリ・ハット報告書の内容と要因の書き方の例を示した画像。ヒヤリハットの内容としては、以下の4点が記載されている。1つめ。食事中に肉がのどにつまりそうになり、むせてしまった。2つめ。ほかのご利用者様と一緒に席に座り、Hさんご自身で食事をしていた。3つめ。椅子に深く座り、少しうつむく姿勢をとっていた。4つめ。食器は16センチ、スプーンは20センチのものを使用。次に、要因の項目が記載されている。本人の要因としては、1つ目に、急いで食べ物を口に運び、よくかまずに飲みこんでいた。2つ目に、Hさんは落ち着きがなく、そわそわしている様子だったと記載されている。また、職員の要因としては、食事介助しようとしたが拒否されたため横で見守ったと記載されている。

尊厳と自立支援の側面から対策を考える

Hさんは自分で食べることができるため、危険だからといってスタッフが全て介助することは本人の行動を制限して自立を奪うことになります。また、食べる意欲や自分で食べることができる能力はHさんの強みであり、これらを維持することが健康保持にもつながります。したがって、安全に自分で食べることができる環境を整えるといった側面から考えていく必要があります。

食事の内容から対策を考える

食事のメニューによっては、よく噛んで食べないと食塊を形成しにくく危険なものがあります。そこで、薄切りの肉や大きなものは一口大にすることや、主食は小さめのお茶碗に、副菜は小鉢に少しずつ盛り付けして食べ終わればお代わりをよそうといった対応が考えられます。
 
食事の内容を見直す際に気を付けるべきことは、危険だからといって普通食から刻み食にしてしまうとさらに誤嚥のリスクを高める場合がある点です。咀嚼機能、嚥下機能のアセスメントをしたうえで、食形態を検討することが大切です。また、一品ずつお出しするといった対応も食事の楽しみという点からは避けたほうが良いでしょう。

食事中のケアの方法から対策を考える

Hさんの食事場面をアセスメントすることで、提供している介護ケアが適切かどうかも検討する必要があるでしょう。アセスメントすべき項目は食形態以外にも以下のように多数あります。

  • 食事中の座位姿勢
  • 椅子やテーブルの高さ
  • 使用している食器やスプーンの大きさや形
  • 急いで食べる時のHさんの気分や意識レベル
  • 周辺環境の音やにおい、明るさ
  • スタッフの関わり方などの人的環境
  • 本人の食習慣や嗜好 など

特に、Hさんがゆったりとした気持ちで食事を楽しめるような雰囲気づくりもケアとして重要です。例えば、席を工夫して気の合う利用者と食事ができるようにする、音や照明を気持ちが落ち着くようなものに変えるなどの工夫ができます。スタッフのコミュニケーション技術でHさんが対話を楽しめるような働きかけもすることも効果的でしょう。

「尊厳と自立」「食事の内容」「食事中のケア」の3つの観点で分析した結果、今後の対応としては以下のようにまとまりました。

ヒヤリ・ハット報告書の、「今後の対応」の項目について書き方の例を示した画像。以下のように記載されている。・食事の内容を検討する。副菜は少しずつ盛り付け、おかわりしてもらう。薄切りの肉や大きな食べ物は一口大にする。・ゆったりとした気持ちで食事できるよう雰囲気を変える。気の合う丸々さんとの会話を楽しめるように、座席に配慮する。落ち着いた音楽や証明など、ご利用者様の好みを聞きながら工夫する。

以上のように、ヒヤリ・ハット報告を様々な視点から検討していくことが分析のコツです。対策はその結果としておのずと生まれてくるのではないでしょうか。

ヒヤリ・ハット報告書の作成が分析の土台

ヒヤリ・ハット報告書は、個々の利用者のリスクをアセスメントすることだけに留まらず、利用者の生活環境やサービス提供過程にあるリスクを洗い出す分析の土台であると考えられます。

個別性の高いサービスやケアを適切にアセスメントするためにはサービス提供場面における情報が欠かせないため、一人ひとりのスタッフが得た情報を顕在化してチームで共有する仕組みが必要になります。ヒヤリ・ハット報告書は、毎日のサービス提供記録と同じくチームで情報を共有するコミュニケーションツールであり、最大限に活用すべき大切な記録です。
 
今回、介護施設向けにダウンロード資料としてヒヤリ・ハット報告書のフォーマットをご用意しました。フォーマットとは別に記入例も掲載していますので、報告書を作成する際にぜひご活用ください。

今すぐつかえる「ヒヤリ・ハット報告書」ダウンロード

ヒヤリ・ハット報告書の画像

1件のヒヤリ・ハット報告書からでも、内容を取り上げてチームで話し合い、大きな事故の回避やケアの改善につなげていきましょう。

参考文献:
『介護・福祉リーダーのためのチームマネジメント』中央法規出版

『新・社会福祉士養成講座11 福祉サービスの組織と経営』中央法規出版

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