コラム

2019年8月20日更新

ご利用者様・スタッフ様の負担を減らす「ノーリフトケア」の基礎知識

中腰での作業や移乗介助を頻繁に行う介護職では7割もの方が腰痛に悩んでいるといわれており、時に休職・退職を余儀なくされることもあるほど大きな問題です。人手不足の一因にもなり、施設の経営上、看過できない重大なリスクだと言えるでしょう。

同時に、スタッフ様の健康に支障が出るほど体力を要する介助は、ご利用者様にとっても負担となってしまうケースがあります。抱きかかえられた際の緊張による体のこわばりや、強い力がかかることによる皮膚の損傷などがその例です。

今回は、ご利用者様・スタッフ様双方の負担を減らす手法の一つである「ノーリフトケア」についてご紹介します。

 

「ノーリフトケア」の考え方とは

介護現場において腰痛が問題となっているのは、日本だけではありません。イギリスやオーストラリアでは腰痛による介護人材の離職や休職、人手不足を解消するために、早くからリスクを減らす介護(看護)の方針が打ち出されています。

介助する方(介護福祉士や看護師など)がご自身の力だけで移乗を行うのではなく、介助者の身体的な負担を減らし、介助される方(ご利用者様や患者様)の動きや自立を妨げないために福祉機器などを用いて安全に実施しよう、という考え方です。

1993年、イギリス看護協会がこの方針を取り、1995年にノーリフティングポリシーを発表しました。同様に1998年、オーストラリア看護連盟ビクトリア州支部が「押さない・引かない・持ち上げない・ねじらない・運ばない」ことを掲げたノーリフティングポリシーを提唱しました。

その後ビクトリア州政府がノーリフトプログラムを導入、人力での移乗による労災申請の件数・費用が大幅に減少することが実証されました。南オーストラリア州の取り組みでも、介護・看護における腰痛対策のコストが1996年から2003年の7年で9割減少したといいます。

日本では2009年に、「ノーリフト」理念の普及を目的に日本ノーリフト協会が設立されました。翌年の日豪国際フォーラムではノーリフトによる腰痛予防対策教育について話し合われるなど、介護や看護に関わる現場の方々も参加し議論が深められました。人力での介助は現在でも広く行われていますが、日本でもノーリフトケアを取り入れている施設もあります。

 

ノーリフトケアの導入に必要な知識

ノーリフトケアを取り入れる際は、福祉機器の購入と併せ、知識の共有やアセスメントが重要とされています。仮に導入を行う場合、まずは知識の習得や現状の理解を進める必要があります。

ノーリフトケアコーディネーターとは

日本ノーリフト協会では、腰痛予防対策の知識を生かして活動する人を「ノーリフトケアコーディネーター(No Lift Care Coordinator:NLCC)」として養成・認定しています。オーストラリアで開発されたプログラムを元に、調査や実践教育を盛り込んだ養成プログラムが実施されています。

後述する実際の導入事例でも、介護現場のスタッフ様が養成講座を受講し、介護福祉施設内でノーリフトケアを推進する役割を担っています。

現状把握と腰痛発生リスクのアセスメント

ノーリフトケアを効果的に導入するためには、現状の把握と腰痛発生リスクの発見が不可欠です。「業務のどのようなシーンで多く腰痛が発生しているのか」、また「作業環境を改善すべきポイントはどこか」をアセスメントすることで、優先順位を付けて対策を検討することができます。

厚生労働省は、腰痛予防対策の一環として「介護作業者の腰痛予防対策チェックリスト」を公開しており、リスクの明確化と施設管理者様による対策を推進しています。また、公益財団法人テクノエイド協会では、腰痛発生リスクを調査する際の4つの視点を紹介しています。

  1. 前かがみや腰のひねりなどの介助姿勢はないか
  2. 利用者/患者を持ち上げるなどの重量負荷はないか
  3. 腰に負担がかかる動作が頻回にないか、またその持続時間は長くないか
  4. 作業環境の場所が狭かったり、滑りやすかったりなどの問題はないか

調査を行う場合は、チェックリストなどを参考に効果的なアセスメントを目指しましょう。

機器導入が目的ではなく、ポリシーの普及が重要

ノーリフトケアでは福祉機器の導入が不可欠ですが、その目的は機械を使うことではなく、介助者の腰痛を防ぎ、ご利用者様の負担を軽減することです。導入に力を入れているオーストラリアでは、目的を経営層・現場ともにしっかりと共有し、継続的に取り組むことが重要であると認識されているようです。

日本の介護現場では、人手不足から腰痛があっても我慢して業務を続けたり、人の手を使わない罪悪感から福祉機器の利用が進まなかったりするケースが見受けられます。腰痛対策の方向性を「対症療法」から「予防」に切り替え、教育も含めて包括な取り組みを計画することが重要です。

 

ノーリフトケアの主なメリットと事例

ここからは、ノーリフトケアのメリットと実際の取り組み事例をご紹介します。

メリット1:介護をする方の腰痛予防

ノーリフトケアの大きなメリットは、介護を行うスタッフ様の腰痛を防げることです。ケガや疾患につながる動作を避けることで、介護職において休職や労災申請の原因となっている腰痛発生リスクを減らすことができます。
結果的にスタッフ様の継続的な就業が後押しされ、施設全体としても人材の入れ替わりによるコスト増を抑えられるかもしれません。

メリット2:ご利用者様の拘縮などの悪化防止

介護職の方だけではなく、ご利用者様にとっても負担軽減となるのがノーリフトケアの特徴です。
ご利用者様が介助する方の力だけで持ち上げられる場合、力任せの動きや体重を支えきれない不安定さから緊張してしまい、体の拘縮につながってしまう可能性があります。いつも同じ向きで介助をされていると、姿勢のクセがついたようになり、ねじれた状態が続いてしまうこともあります。
強い力がかからず、支えが安定している福祉機器であれば、体のこわばりが悪化することなく介護を受けられます。

取り組み事例

中央労働災害防止協会では労働災害を減らすことを目指し、先進的な取り組み事例を調査・公開しています。そのうち、ある社会福祉法人で導入されたノーリフトケアの事例についてご紹介します。

導入前の課題

複数の施設を抱える法人の介護老人保健施設(老健)にて、移乗などを行う際に体を持ち上げる・しゃがむなど腰への負担が大きい介助を行っているケースが多かった。導入前のアセスメントでは、入浴やトイレでの移乗の負担が大きいという回答が約半数にのぼり、71%の介護職員が腰痛を訴えていた。

導入~実践

施設長様から現場の介護職の方まで10名がノーリフトケアコーディネーター養成講座を受講。法人の行動指針にもノーリフトケア実施の文言を追加し、各施設に掲示することで周知を図った。
優先度の高いトイレでの介助などに必要な機器を導入し、介護職の方にマルチグローブを配布。全施設の介護職の方が研修に取り組んだ。

「マルチグローブ」のイメージイラスト

「マルチグローブ」のイメージ。
ご利用者様の身体の下などに手を差し込みやすいよう、滑りやすい素材でできている。

導入後の変化

調査の結果、腰痛を訴えるスタッフ様は71%から26%に減少。反対に、移乗が安全にできると感じる方は9%から91%にまで増加。拘縮が減少したと感じる割合は13%から70%に増加、実際に筋緊張の強いご利用者様にノーリフトケアを活用した介助等を行った結果、臥位や座位の姿勢が改善し、生活の質向上につながった。
意識の変化については、「腰痛になるのは仕方がない」と諦めていたスタッフ様も、介護の方法・環境を変えることで予防できるものと捉えられるようになった。

  • 中央労働災害防止協会「はたらく人に安全で安心な店舗・施設づくり推進運動の先進的な取組事例集―小売業・社会福祉施設・飲食店の労働災害の減少に向けて―」を元に作成。

 

スタッフ様もご利用者様も快適な介護環境を

介護現場での職業病とも言える腰痛。慢性的な腰痛はスタッフ様の負担となると同時に、ご利用者様にも影響が出てしまう懸念があります。スタッフ様・ご利用者様どちらも苦痛が少なく快適に過ごせるようなアプローチ方法を、施設様全体で模索いただければ幸いです。

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