コラム

2020年3月24日更新

シリーズ:弁護士が解説!介護施設のこんなトラブルにご用心

【第3回】介護現場でのセクハラ・パワハラとその防止について

著者 西川暢春氏のプロフィール写真

著者プロフィール/西川暢春(にしかわ・のぶはる) 
弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 代表弁護士
東京大学法学部卒業。企業のトラブル事例、クレーム事例、労務紛争の予防と解決を中心的な取り扱い分野とする。事務所として約250社の企業との顧問契約があり、企業向け顧問弁護士サービスを提供。
 
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介護施設(事業所)の運営にはさまざまなリスクが伴います。事故による利用者とのトラブル、スタッフ間のセクハラやパワハラなどにより、訴訟・賠償に発展することもあります。
 
本シリーズでは、毎回異なるテーマを設定し、「具体的にどのようなリスクがあるのか」「リスクを低減するには日々どのような対策を講じる必要があるのか」をご紹介します。
 
第3回のテーマは、「介護現場でのセクハラ・パワハラとその防止について」です。

 

1.介護現場におけるセクハラ・パワハラの事例

介護現場におけるセクハラ・パワハラは、大きく分けて「職員間で起こるもの」と「利用者による職員に対するもの」があります。それぞれの典型例は以下のとおりです。

1-1.職員間で起こるセクハラ・パワハラの事例

【セクハラの典型例】
身体的接触(おしりを触る、無理やりキスをする)、性的言動(卑猥な冗談、しつこく男女関係を迫る)など
 
【パワハラの典型例】
「仕事ができないのなら辞めてしまえ」「この程度なら新人でもできる!」「これでいいと思っているのか!」など、上司あるいは先輩による正当な指導の範囲を超える暴言など

1-2.利用者による職員へのセクハラ・パワハラの事例

【セクハラの典型例】
職員に対する身体的接触(おしりを触る、無理やりキスをする)、職員に対する性的言動(卑猥な冗談、しつこく男女関係を迫る)など
 
【パワハラの典型例】
利用者が職員を不当に罵倒する、職員の手を払いのける、職員に対して物を投げるなど

なお、ここでは利用者から職員に対するハラスメントの例をあげましたが、逆に利用者に対する職員の言動が「虐待」として問題になるケースもあります。「虐待」については本シリーズの第2回で解説していますのでご参照ください。
 
参照:「【第2回】介護現場での虐待とその防止について

 

2.セクハラ・パワハラ防止についての事業者の義務

介護事業者には、職員が安全に就業できるセクハラ・パワハラのない環境を作る義務があります。以下では、場面ごとに適用される事業者の義務をご紹介したいと思います。

2-1.主に職員間のセクハラ防止についての義務

男女雇用機会均等法第11条1項により、セクハラ防止についての事業者の義務が定められています。

【男女雇用機会均等法第11条1項】
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2-2.職員間のパワハラ防止についての義務

パワハラ防止については、従前は事業者の義務を明確に定めた法律はありませんでした。しかし労働施策総合推進法が改正されたことで、現在は以下の通り、事業者のパワハラ防止義務が明確に示されています。

【労働施策総合推進法第30条の2第1項】
事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2-3.利用者からのパワハラ・セクハラ防止について

事業者には以下の法令に基づき、利用者からのパワハラ・セクハラを防止して、安全に就業できる環境を整える義務があります。

【労働契約法第5条】
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

【労働安全衛生法第3条1項】
事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。

 

3.セクハラ・パワハラによる事業者のリスク

前述の通り、介護事業者には、職員がセクハラ・パワハラのない環境で就業できる環境を作る義務があります。そのため、セクハラ・パワハラについては、加害者本人だけでなく、事業者にも法的責任が発生するリスクがあることを意識する必要があります。
 
ここからは、セクハラ・パワハラによる事業者のリスクについて、具体的にご説明していきたいと思います。

3-1.職員間のセクハラ・パワハラによるリスク

民法第715条により、職員の職務上の不法行為については、使用者が職員とともに損害賠償責任を負うことが定められています。そのため、被害者側の職員からセクハラ・パワハラについて損害賠償の請求をされたときは、事業者が加害者側の職員とともに被害者に対して賠償する責任を負担します。
 
さらに、事業者が被害者側職員からのハラスメントの報告を放置して対応しなかった場合や、被害者側の職員に不利益を課すなどの不適切な対応をした場合は、ハラスメント後の対応についても事業者は被害側職員に対する賠償責任を負担することになります。
 
ハラスメント後の事業者の対応については、例えば以下のような判例も出ていますので、不適切な対応にならないように弁護士に相談して対応する必要があります。

【判例】
女性社員からおしりを触られるなどのセクハラ被害申告があった際に、会社が簡単な事情聴取をして、加害者である同僚に対して「誤解を受けるような行為はやめるように」と注意しただけにとどめたことは違法な対応であるとして、会社に対し、30万円の損害賠償の支払いを命じた。

大阪地方裁判所 平成21年10月16日判決

3-2.利用者からの職員に対するセクハラ・パワハラによるリスク

職員が利用者からセクハラ・パワハラを受けたケースでは、被害を受けた職員から慰謝料などの損害賠償を請求されることがあります。この場合、利用者本人に責任があるだけでなく、事業主についても、前述の安全配慮義務を果たしていなかったことを理由に賠償責任が認められるリスクがあります。
 
さらに、事業者がハラスメントの報告に対して放置するなど不適切な対応をしたときは、ハラスメント後の対応についても事業者は賠償責任を負担することになります。

3-3.事業者が賠償しなければならない項目

セクハラ・パワハラの事例で、事業者が賠償しなければならない項目には以下のようなものがあります。

【主な賠償項目】
▼慰謝料
ハラスメント行為による精神的苦痛に対して支払われるものです。
 
▼治療費
セクハラ・パワハラにより被害を受けた職員が精神疾患になるケースが多く見られます。その場合は、必要な治療費を賠償する必要があります。パワハラにより被害者が怪我を負うなどした場合は、治療費も賠償の対象になります。
 
▼休業補償
セクハラ・パワハラを原因とする精神疾患により、被害者が仕事を休む必要があったときは、その休業期間中の給与の補償が必要になります。
 
▼後遺障害逸失利益
セクハラ・パワハラによる精神疾患が一定期間の治療を経ても治らないときは、後遺症への補償が必要です。後遺症により、被害を受けた職員の今後の就業に支障が出ることに対して、金銭的な評価をして賠償することになります。これを後遺障害逸失利益といいます。

上記が主な賠償項目になりますが、セクハラ・パワハラに起因する精神疾患が重症化するケースでは、特に賠償額が多額になります。例えば、長崎地方裁判所 平成30年12月7日判決では、パワハラにより精神疾患を発症し長期間休職を余儀なくされた従業員に対して、会社は約1100万円の賠償を命じられています。

3-4.離職者の増加、不合理なクレームの増加のリスクもある

セクハラ・パワハラについては、被害を受けた職員からの損害賠償請求が考えられるほかにも、職場環境が悪化することにより離職者が増え、事業所としての体制維持に支障をきたすリスクがあります。
 
また、利用者からの職員に対するハラスメントを放置すると、利用者の態度がどんどん傲慢になり、不合理なクレームや言いがかりをつけられる等のトラブルも増える傾向にあります。

 

4.セクハラ・パワハラにはどのような備えが必要か?

最後に、セクハラ・パワハラのリスクを減らすために、事業者としてどのような備えが必要かについてご説明していきたいと思います。

4-1.職員間で起こるセクハラ・パワハラへの備え

職員間でのセクハラ・パワハラを防ぐために、以下①~④の措置をとっておくことが必要です。
 
対策①:トップのメッセージを明確に伝える
職場のトップが、「職場のハラスメントはなくすべきものである」という方針を明確に打ち出し、事業所内の朝礼や会議の場で職員に伝えることが、ハラスメント対策の最初のスタートになります。
 
対策②:就業規則を整備する
就業規則でハラスメント行為を禁止し、ハラスメント行為について懲戒を科すことを明記することが必要です。
 
対策③:研修や社内アンケートを行う
職員に対して定期的にハラスメント防止についての研修を行います。また、定期的にハラスメントについての社内アンケートを行うことで、ハラスメントを早期に発見する機会を持ち、かつ社内でハラスメントについての注意喚起を行うことができます。
 
対策④:相談窓口を設置する
ハラスメント被害者が相談できる相談窓口を設置して、職員に周知しておくことにより、ハラスメントについて早期の解決ができるようにしておくことも重要です。
 
パワハラ・セクハラの対策については以下のサイトで詳しく解説していますので、あわせてご参照ください。

  • 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所のホームページへリンクします。

4-2.利用者からの職員に対するセクハラ・パワハラへの備え

利用者によるセクハラ・パワハラを防ぐためには、事業者として以下①~⑤の措置をとっておくことが重要です。
 
対策①:事業者としての方針を明確にする
まずは、職場のトップが「セクハラやパワハラ、暴力、暴言は利用者であっても許さないこと」「ハラスメント行為があった場合は利用契約を解除する等の措置をとること」を事業所内で明確に示すことが必要です。
 
対策②:介護サービス利用契約書を整備する
介護サービスの利用契約書でも、セクハラ・パワハラがあった場合は契約を解除する旨を明記しておくことをおすすめします。
 
対策③:利用者にセクハラ・パワハラは許されないことを明確に伝える
利用者には利用契約の最初の段階で、以下の点を分かりやすい文書に整理して交付することが必要です。

【文書で伝えるべき項目の例】

  • 介護現場で利用者の職員に対するハラスメントが課題になっていること
  • 万が一職員に対するハラスメント行為があれば契約を解除せざるを得ないこと
  • ハラスメント行為の具体例

また、文書は単に手渡すだけでなく、利用者やその家族がいる前で読み聴かせて確認いただくことをおすすめします。ハラスメントが発生する以前の段階で、サービスを提供する側の立場を明確に伝えておくことがトラブル予防のために有益です。
 
対策④:研修や社内アンケートを行う
職員には研修などの場で、「利用者からのハラスメントには毅然とした対応をすること」を伝え、「ハラスメントの前兆があったときはすぐに相談するべきであること」「相談することによって職員に不利益を課すことはないこと」を明確に伝えましょう。
 
また、定期的にハラスメントについての社内アンケートを実施したり、ハラスメントに関する情報共有の場を事業所内に設けたりすることで、ハラスメントを早期に発見する仕組みを作ることも重要です。
 
対策⑤:相談窓口の設置
ハラスメントの被害があった場合やハラスメントの前兆がある場合に備え、職員が相談できる相談窓口を設置することも必要です。相談窓口の存在を職員に周知しておくことにより、ハラスメントの早期発見、早期解決につながります。

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