コラム

2020年1月21日更新

シリーズ:弁護士が解説!介護施設のこんなトラブルにご用心

【第2回】介護現場での虐待とその防止について

著者 西川暢春氏のプロフィール写真

著者プロフィール/西川暢春(にしかわ・のぶはる) 
弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 代表弁護士
東京大学法学部卒業。企業のトラブル事例、クレーム事例、労務紛争の予防と解決を中心的な取り扱い分野とする。事務所として約250社の企業との顧問契約があり、企業向け顧問弁護士サービスを提供。
 
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介護施設(事業所)の運営にはさまざまなリスクが伴います。事故による利用者とのトラブル、スタッフ間のセクハラやパワハラなどにより、訴訟・賠償に発展することもあります。
本シリーズでは、毎回異なるテーマを設定し、「具体的にどのようなリスクがあるのか」「リスクを低減するには日々どのような対策を講じる必要があるのか」をご紹介します。
第2回のテーマは、「介護現場での虐待とその防止について」です。

 

1.年々増加する、介護現場における虐待

介護施設での高齢者への虐待については、市町村への通報・相談件数が年々増えています。それに伴い、市町村による調査の結果、職員による虐待と判断されるケースも年々増えており、平成29年度は全国で510件の介護職員による虐待が認定されています。
 
虐待は、「身体的虐待」「介護・世話の放棄・放任」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」に分類されます。

【虐待の種類】
▼身体的虐待
なぐる、平手でたたく、無理やり食事を口に入れる、緊急やむを得ない事情のない身体拘束、過剰に薬を服用させて動きを抑制する等のケース
 
▼介護・世話の放棄・放任
入浴させておらず異臭がする、髪や爪が伸び放題のまま放置している等のケース
 
▼心理的虐待
排泄の失敗や食べこぼしなどを人前で嘲笑する、怒鳴る、悪口をいう等のケース
 
▼性的虐待
人前でおむつ交換をする、本人の合意なく性的な行為を強要する等のケース
 
▼経済的虐待
日常生活に必要な金銭を渡さない、使わせない、あるいは必要な医療費や介護保険サービスの費用を支払わない等のケース

 

2.虐待によるリスク

介護施設内での虐待は、当然ながら事業者や職員にとってのリスクとなります。具体的には、「市町村からの行政処分」「刑事犯罪として逮捕、起訴」「民事損害賠償請求」、「報道等による社会的信用の喪失(レピュテーションリスク)」などがあげられます。

2-1.市町村からの行政処分

市町村に虐待の通報があると調査の対象となり、調査の結果、虐待があったと判断されると、改善命令などの行政処分を受けることになります。
 
また、改善命令に至らなくても、行政指導を受けるケースもあります。例えば、宮崎市の有料老人ホームは、高齢の女性入所者に職員がまたがるなどしていた虐待行為について、2019年に文書で宮崎市から改善を指導されています。

2-2.刑事犯罪として逮捕、起訴

虐待をした職員については暴行罪、傷害罪などの犯罪が成立し、逮捕され、起訴される可能性があります。2019年には、富山県の介護老人保健施設で、介護福祉士の男性が80代の女性入所者の頭部を複数回殴り怪我をさせたとして逮捕されています。

2-3.民事損害賠償

虐待が起こった場合は、介護事業者に民事上の損害賠償責任が発生します。たとえ職員個人による虐待であっても、法律上、使用者である介護事業者に原則として「使用者責任」があり、賠償義務があると定められています(民法715条)。
 
例えば、介護職員が入所者に対して平手でたたくなどの暴行を繰り返していた事例について、裁判所は介護事業者に220万円の損害賠償を命じています(東京地方裁判所平成26年2月24日判決)。

2-4.報道等による社会的信用の喪失(レピュテーションリスク)

虐待が新聞やテレビで報道されたり、SNSなどインターネット上で拡散されたりすることにより、社会的な信用を失い、介護事業者としての事業が立ち行かなくなるリスクもあります。

 

3.虐待の防止策について

ここからは、施設内で虐待を発生させないための防止策をご紹介します。

3-1.虐待の予防を虐待検討委員会で議論する

虐待の予防には、職員の研修だけでなく、介護の職場内で虐待検討委員会を設け、常に職員間でオープンに議論することが重要です。このような機会を作ることで、お互いに気になる言動を注意しあい、虐待の芽を早いうちに積むことが必要です。
 
定期的に弁護士に委員会の議論に参加してもらい、外部の目から見て問題がないかをチェックする機会を設けることも有用です。

3-2.内部通報制度を整備する

職場全体で入所者への暴言等を許容する雰囲気ができあがってしまい、それに違和感をもつ職員がいても異議を唱えにくくなってしまう、というケースもあります。また、緊急時などの事情のない身体拘束が「転落防止」や「家族からの要望」などの理由により行われ、虐待にあたるかどうかの判断が現場では難しいケースもあります。
 
こういったケースで、虐待に至るまでのより早い段階で職場内部での改善を可能にするためには、違和感を抱いた職員が通報することができる「内部通報制度」を整備することも有効です。
 
内部通報制度の通報先については、事業所内の通報先とは別に、外部の弁護士等にも通報窓口を委託することで、第三者の視点から問題点の有無を判断することができます。
 
また、外部の弁護士等に通報窓口を委託することは、通報のしやすさという観点からも有益です。社内にしか通報窓口がない場合、通報者は「通報をきっかけに何か社内で不利益を受けたりしないだろうか」「自分が通報したことが社内で知られたりしないだろうか」と不安になり、なかなか通報に踏み切れないことがあります。外部と内部双方の窓口を設けて、安心して通報できる環境を作ることにより、虐待の芽を早期に摘む必要があります。
 
内部通報制度の設計については以下のサイトで詳しく解説していますので、あわせてご参照ください。
 
参照:「内部通報制度を作るときに必ずおさえておくべき4つのポイント

  • 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所のホームページへリンクします。

3-3.虐待を疑われないための備えも重要

虐待の予防が重要になる一方で、虐待を疑われないための備えも重要です。虐待の疑いがあるとして通報・相談されるケースのうち、市町村により虐待と判断されたものは、全体の約4分の1であり、通報・相談があったものの虐待が認定されないケースも多数あります。また、民事の裁判でも、裁判所が虐待を認定せず入所者側の請求を認めないケースが相当な割合で存在します。思い込みや誤解、被害妄想による虐待通報も相当数あることを常に意識する必要があります。
 
一般に高齢者は、ベッドから起き上がるときの刺激や布団に擦れる程度の軽度の刺激でも、あざが発生することがあります。また、骨がもろく骨折しやすくなっていることもあります。そのため、実際には虐待がなくても、あざや骨折の事実だけで虐待を疑われる恐れがあることも踏まえておく必要があります。
 
虐待の疑いをかけられることを防ぐためには、あざなどを発見した際に、ただちに家族に報告したうえで、病院で診察を受けてもらうことが重要です。
 
平成30年2月26日東京地方裁判所判決は、入所者の親族が、入所者の右胸あざなどから虐待を疑い、民事裁判にまで発展した事案です。この事件で裁判所は、介護事業者があざを発見した当日に家族に報告し、その2日後には病院で受診させていたことを根拠に、「その対応に不自然な点はなく、本件施設において、虐待が行われていたことをうかがわせる事情は何らうかがわれない」と結論づけ、介護事業者の責任を否定しています。

 

4.虐待が起きてしまった場合の対応について

万が一、虐待が起こってしまった場合は、市町村への通報、家族への報告と謝罪を速やかに行い、再発防止策を立てることが必要です。
 
特に、高齢者虐待防止法により、介護施設の職員は「高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない」とされています。法律上、介護施設の職員個人に対し、虐待発見時の市町村への通報が義務付けられていることを肝に銘じておく必要があります。

4-1.通報義務違反のペナルティーは大きい

自治体により対応は異なりますが、虐待を発見し施設が通報した事例では、その後の調査によって虐待が認定されても、一般に公示されるまでには至らないケースが多いです。
 
これに対し、虐待を発見したにもかかわらず通報していなかったことが認定されると、改善命令等の処分を受け、処分内容が公示されるケースが多くなっています。組織ぐるみの隠ぺいや虚偽報告と判断されれば、指定取消もあり得ます。
 
例えば、2016年には山形県内の有料老人ホームで、施設内の廊下を車いすで長時間往復させるなどの運動強要や、夜勤中に介護職員がある入居者の頬を素手で強打し、腫れさせるなどの身体的虐待を行っていた事例で、施設長らがこれらの事実を認識しながら市町村への通報をしなかったことが認定されています。この介護事業者は山形県から改善命令を受け、その内容が公示されています。
 
万が一、施設内で虐待が起こったときは、勇気をもって非を認め、自ら通報することが何よりも重要です。虐待を自ら発見し、自ら通報したのか、それとも入居者の家族などから市町村に相談があり、市町村による調査で虐待が発見されたのかによって、社会的な評価も大きく異なってくることを認識しておきましょう。

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