コラム

2020年8月18日更新

豪雨や台風への備え~自治体への提出が義務付けられている避難確保計画とは

令和2年7月20日に厚生労働省が通知した「令和2年(2020年)7月豪雨による被害状況等について(第35報)」によると、被災した高齢者関係施設は最大99カ所。うち浸水被害があった施設は最大89カ所、停電被害は20カ所、断水被害は14カ所であることがわかっています。熊本県の特別養護老人ホームでは、14人の死亡が確認されています。

自力で避難することが難しいご利用者様が多くいらっしゃる介護施設において、自然災害時の適切な対応を事前に考えおくことは非常に大切です。介護施設の管理者様は、市町村長への提出が義務付けられている「避難確保計画」を作成していらっしゃいますか。今回は、避難確保計画を作成するうえで押さえておきたいポイントをご紹介します。

水害や土砂災害に備えた避難確保計画の必要性

避難確保計画とは、水害や土砂災害が発生したときに施設のご利用者様やスタッフ様が円滑かつ迅速に避難できるように必要な事項を定めた計画を指します。
 
近年、豪雨や台風などが頻発していますが、逃げ遅れなどによって多くの方が命を落としています。こうした被害を繰り返さないよう、平成29年6月19日に「水防法等の一部を改正する法律(平成29年法律第31号)」が施行、浸水想定区域や土砂災害警戒区域内の要配慮者利用施設(以下、要配慮者利用施設)(※)の避難体制を強化するため「水防法」と「土砂災害防止法」が改正されました。
 
上記の改正に伴い、要配慮者利用施設には避難確保計画の作成・避難訓練の実施が義務付けられています。しかし、国土交通省が公表したデータによると、令和2年1月1日時点で避難確保計画を作成している要配慮者利用施設は3万5,043件。これは対象要配慮者利用施設の約45%と半数にも満たない数です。
 
避難確保計画の作成期限は自治体によって異なりますが、国土交通省は令和3年度末までに対象全ての要配慮者利用施設に避難確保計画を作成するよう求めています。避難確保計画の作成が必要な施設は、要配慮者利用施設のうち市町村地域防災計画(地域における防災の総合的な計画)にその名称と所在地が定められた施設です。自治体によってはHPに対象施設の一覧表が掲載されているため、避難確保計画を作成されていない施設の管理者様はぜひ一度ご確認ください。

  • 要配慮者利用施設…浸水が想定される地域における社会福祉施設、学校、医療施設など

避難確保計画に定めるべき主な事項

避難確保計画に記載すべき事項は、水防法施行規則第16条・土砂災害防止法施行規則第5条の2に定められています。実効性のある計画にするためにも、施設の管理者様は必要事項を具体的に、そして主体的に作成することが大切です。

 ▼記載する必要がある事項

  1. 防災体制
  2. 避難誘導
  3. 施設の整備
  4. 防災教育及び訓練の実施
  5. 自衛水防組織の業務(水防法に基づき自衛水防組織を置く場合)
  6. その他、利用者の円滑かつ迅速な避難の確保を図るために必要な措置に関する事項

以下、「防災体制、情報収集・伝達」「避難誘導」「施設の整備」「防災教育及び訓練の実施」について、具体的にどのような内容を記載すると良いのかを簡単に解説します。

防災体制、情報収集・伝達

災害が発生したときに施設の管理者様・スタッフ様らがすべきことを明確にするため、洪水・内水・高潮・津波・土砂災害時の防災体制とスタッフ様の役割分担を記載します。

防災体制は、「注意体制」「警戒体制」「非常体制」の3段階で設定します。注意体制は気象情報の情報収集を行う段階を、警戒体制は避難の準備とご利用者様の避難を完了させる段階を、非常体制は施設全体の避難行動を完了させる段階を示します。

 【洪水】 防災体制確立の判断時期及び役割分担(例)

洪水の場合の防災体制確立の判断時期、活動内容、及び避難誘導などの役割分担を表した図。ここでは、警戒レベル2の注意体制確立、警戒レベル3の警戒体制確立、警戒レベル4の非常体制確立の3段階で記載されている。

洪水の場合の防災体制確立の判断時期、活動内容、及び避難誘導などの役割分担を表した図。ここでは、警戒レベル2の注意体制確立、警戒レベル3の警戒体制確立、警戒レベル4の非常体制確立の3段階で記載されている。

洪水の場合の防災体制確立の判断時期、活動内容、及び避難誘導などの役割分担を表した図。ここでは、警戒レベル2の注意体制確立、警戒レベル3の警戒体制確立、警戒レベル4の非常体制確立の3段階で記載されている。

状況に応じてスタッフ様が適切な対応をとれるよう、避難確保計画には「どのような被害状態になったらどの防災体制を確立するのか」がわかる判断基準も記載します。洪水注意報が発表されたら注意体制を確立する、という具合です。
 
このとき、テレビ、インターネット、ラジオといった災害情報を収集する手段も決めます。災害時は情報共有も重要になるため、「ご利用者様緊急連絡先一覧表」「緊急連絡網」「外部機関等の緊急連絡先一覧」を忘れずに作成しましょう。

避難誘導

災害が発生した際に迅速かつ適切に避難行動を行うため、「避難場所」「避難方法」「避難経路及び移動手段」を定めます。

ご利用者様の中にはご自身の足で歩けない方などがいらっしゃるかと思います。また、土砂災害が突発的に発生することもあるため、ご利用者様の要介護度や健康状態への配慮はもちろん、ハザードマップなどを参考にしつつスタッフ様・ご利用者様が危険な場所を通らないようにします。

施設設備

「防災体制、情報収集・伝達」で決めた情報収集・伝達の手段に加え、避難誘導の際に使う資器材も決めておきます。避難所で生活する場合も考えられるため、水や食料、おむつ、消毒薬なども準備しましょう。

活用場面

備蓄品(例)

情報収集・伝達

テレビ、ラジオ、タブレット、FAX、携帯電話、懐中電灯、電池、携帯電話用バッテリーなど


避難誘導

名簿(スタッフ様・ご利用者様)、案内旗、タブレット、携帯電話、懐中電灯、携帯用拡声器、電池式照明器具、電池、携帯電話バッテリー、ライフジャケット、蛍光塗料、車いす、担架など


施設内の一時避難

水、食料、寝具、防寒具など


衛生器具

大人用紙おむつ、おしりふき、タオル、ウェットティッシュ、マスク、ゴミ袋など


医薬品

常備薬、消毒薬、包帯、絆創膏など


浸水を防ぐための対策

土のう、止水板など


防災教育・訓練

あらかじめ決めた災害時の対応法に沿って行動するには、防災教育と避難訓練の実施が大切です。避難確保計画には、防災教育と避難訓練の年間計画を記載しましょう。以下が、年間計画の例です。

防災教育と避難訓練の年間計画の例を表した図。施設職員への防災教育や、利用者への防災教育の実施予定日の次に、通所部門と入所部門における情報伝達訓練や、保護者家族等への引き渡し訓練の実施予定日、避難訓練の実施予定日、避難確保計画の更新予定日が記載されている。

防災教育と避難訓練の年間計画の例を表した図。施設職員への防災教育や、利用者への防災教育の実施予定日の次に、通所部門と入所部門における情報伝達訓練や、保護者家族等への引き渡し訓練の実施予定日、避難訓練の実施予定日、避難確保計画の更新予定日が記載されている。

防災教育と避難訓練の年間計画の例を表した図。施設職員への防災教育や、利用者への防災教育の実施予定日の次に、通所部門と入所部門における情報伝達訓練や、保護者家族等への引き渡し訓練の実施予定日、避難訓練の実施予定日、避難確保計画の更新予定日が記載されている。

防災教育で避難確保計画の内容理解や自然災害に関する知識を深め、避難訓練で避難確保計画に沿って確実に行動できるかを確かめます。このとき、施設のスタッフ様だけでなく、自治体の防災・福祉関係機関や地域住民などの力も借り、地域一丸となって災害に備えることが大切です。

避難確保計画を作成したら

最後に、避難確保計画の作成後に行いたいことを2つご紹介します。

チェックリストを使って計画の内容を確認する

避難確保計画を作成したら、チェックリストを使って漏れなくまとめられているか確認します。避難計画チェックリストは、国土交通省が公表しています。

● 防災体制、情報の収集・伝達
(水防法施行規則16条 一)洪水時の防水体制に関する事項、(土砂災害防止法施行規則5条の2 ー)土砂災害が発生するおそれがある場合における防災体制に関する事項

施設の所在する地域における、浸水する恐れのある河川の情報、土砂災害に関する情報や避難情報を収集・伝達する体制が定められているか


避難準備・高齢者等避難開始の発令の段階で要配慮者の避難誘導を行う体制となっているか


避難準備・高齢者等避難開始等の発令がない場合でも避難の判断ができるよう、複数の判断材料が設定されているか


● 避難誘導
(水防法施行規則16条 二)洪水時の避難の誘導に関する事項、(土砂災害防止法施行規則5条の2 二)土砂災害が発生するおそれがある場合における避難の誘導に関する事項

避難先は避難の実効性が確保された場所に設定されているか


避難誘導がリスク情報を踏まえた実現可能なルート上に設定されているか


必要に応じ、地域の協力が得られる体制が準備されているか


● 施設整備
(水防法施行規則16条 三)洪水時の避難の確保を図るための施設の整備に関する事項、(土砂災害防止法施行規則5条の2 三)土砂災害が発生するおそれがある場合における避難の確保を図るための施設の整備に関する事項

洪水予報、土砂災害に関する情報等や避難情報を入手するための設備が記載されているか


夜間に避難を行うことが想定される場合、そのために必要な設備が記載されているか


屋内安全確保を行う場合に備え、施設内での滞在に必要な物資が確保されているか


● 教育・訓練
(水防法施行規則16条 四)洪水時を想定した防災教育及び訓練の実施に関する事項、(土砂災害防止法施行規則5条の2 四)土砂災害が発生するおそれがある場合を想定した防災教育及び訓練の実施に関する事項

適切な時期に必要な教育・訓練の実施が設定されているか


● 自衛水防組織(設置した場合のみ)
(水防法施行規則16条 五)自衛水防組織の業務に関する事項

自衛水防組織が設置されている場合、その業務内容が規定され、計画に記載されているか


市町村長に報告する

国土交通省が公表しているチェックリストを活用しつつ必要な事項をまとめたら、避難確保計画を市町村長に提出しましょう。書類の様式や提出方法は、国土交通省や各自治体のHPで案内されています。

避難確保計画の作成が求められているにもかかわらず提出しなかった場合、市町村長に提出期限などを指示される可能性があります。正当な理由なく指示に従わない場合は市町村長がその旨を公表することがあるので、できるだけ早く提出しましょう。
 
避難訓練を行っていく中で改善すべき点があれば、避難確保計画を見直します。内容を変更した場合も、速やかに市町村長に報告しましょう。
 
国土交通省が公表している「要配慮者利用施設の浸水対策」もご確認ください。

執筆:花王プロフェッショナル業務改善ナビ【介護施設】編集部

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