2021年2月24日更新
自らの感情をコントールし続けると生じる「共感疲労」とは?予防策も解説
著者プロフィール/松田 美智子(まつだ みちこ)
天理大学 人間学部 人間関係学科 社会福祉専攻 教授
高齢者福祉・介護福祉を専門とし、支援者支援・認知症ケアについて実証研究をしている。主な著書に『高齢者介護福祉従事者のストレスマネジメント 支援者支援の観点にもとづく対人援助職の離職防止とキャリア形成』(共著)など。論文に「高齢者福祉施設における介護人材の共感疲労およびレジリエンスの構造」(共著)、「高齢者福祉施設で従事する対人援助職者が共感疲労に陥らないためのサポートシステムの解明」(共著)などがある。
介護施設で働くみなさまは、「共感疲労」という言葉をご存じでしょうか? 介護スタッフ様は、たとえ腹が立つことがあっても自己の感情を抑え、相手の気持ちを理解する姿勢が求められますが、感情をコントロールし続けると「共感疲労」が生じる恐れがあります。
そこで今回は、「共感疲労」に関する書籍や論文を執筆されている松田 美智子氏に、共著『高齢者介護福祉従事者のストレスマネジメント 支援者支援の観点にもとづく対人援助職の離職防止とキャリア形成』などを元に、共感疲労の定義や予防策を解説いただきました。自身の感情の疲弊レベルをチェックできるツールもご紹介いただきましたので、ぜひご活用ください。
共感疲労とは
みなさまは仕事をしていて、以下のように感じたことはありませんか?
このような事柄がきっかけで「出勤したくない」「このまま仕事を続けていたらご利用者様を虐待してしまうかもしれない」「自分自身が壊れそう……」と、気持ちが滅入った状態になったことはありませんか?
介護施設に入所されているご利用者様は介護職員の支援を求めていることから、介護スタッフ様は「何とかしてあげなければ」という気持ちが強くなり、ご利用者様の感情に必要以上に触れてしまう場合があります。これは、介護職が社会福祉の価値や倫理が強調される職業であるがために起こることです。誠実に向き合おうとすればするほど、介護スタッフ様の気持ちの中には「共感疲労」が生じます。
「共感疲労」とは、他者をケアすることから生じる援助者側の心理的疲弊のことです。これが蓄積されていくと、心のゆとりがなくなり、本来のその人らしさが失われていきます。介護スタッフ様が心身ともに疲弊すると、仕事でミスが生じるだけでなく、重大事故の発生リスクも高まります。さらに放置しておくと「何もしたくない」「仕事を辞めたい」といった「燃え尽き症候群(burnout syndrome)」の状態に陥ります。
なぜ介護スタッフ様に共感疲労が発生しやすのか?
どうして上記で挙げたようなことが起こるのかというと、介護スタッフ様の仕事には感情労働が存在するからです。「感情労働」とは、「受容」「傾聴」「共感」といった感情をめぐる高度なスキルを使って働くことをいいます。感情労働の特徴はコミュニケーションを伴うことです。介護スタッフ様は、どんなに腹が立っていても怒りやイライラした感情をあらわにせず、相手の立場や思いに寄り添い受容や傾聴の姿勢を示し、ご利用者様の前では自らの感情をコントロールして対面するよう求められています。
自らの感情をコントロールする「感情管理」は、みなさまが日常的に体験しています。例えば、「次の業務が待っているから早く切り上げたいのに、目の前のご利用者様を放置できない」「本当はイライラしているのに笑顔で対応する」といった、ご利用者様に対して抱いた何らかの感情を抑制したり、抱いていない感情を抱いているかのように振る舞ったりする状態が挙げられます。
そのほか、「ご家族がご利用者様の状況変化を受け入れられず、怒りや不安・悲しみの感情をぶつけてきた」「ご利用者様とご家族の希望の狭間に立たされた」といったご家族とのコミュニケーション場面でも、介護職員の感情管理スキルは発揮されます。その場面において社会的に職業上望ましいと思われる感情を実際に抱いているかのように振る舞い、自分の内に湧き上がってくる感情をなだめ、別の感じ方に加工し、感情の感じ方そのものを意図的にコントロールしようとすること。こうした自己の感情コントロールを日常的に経験し続けると、感情の消耗をもたらすことになります。
共感疲労を生じさせないためには?
ストレスを増強させる共感疲労は、「果てしなく続く日々の業務への消耗感」や「介護職として求められる規範意識に従って、ご利用者様や同僚・上司・関連職者らと誠実に向き合い、自己の感情をコントロールすること」から生じます。ストレスは自身が自覚していなくても蓄積すると心身の健康に影響します。健康問題が生じて医療機関を受診したら「ストレスが原因」と言われた方もいます。介護スタッフ様のストレスをゼロにすることは叶いませんが、低減させることは可能であり、重要なことです。
同時に介護スタッフ様のレジリエンスを高めることで、ストレスによるダメージを受けたメンタルヘルスを速やかに回復させることができれば、メンタルヘルスが適正に保たれ、ひいてはご利用者様への介護サービスの質の向上にもつながります。レジリエンスとは元々物理学で用いられた用語で、直訳すると「弾性」「復元力」となります。この復元力を心理領域では「精神の平衡状態を保つことができる能力」すなわち「精神的回復力」と解釈しています。
レジリエンスを高めるためにはセンテナリアン(100歳以上の元気な高齢者)研究から学ぶことが多くあります。他者との適度で緩やかな交流によるソーシャルサポートを受けつつ、急がず焦らず物事に対応する、悲観論に傾かず比較的楽観的にゆったり人生を送ることが健康長寿に至る秘訣と言われます。このようなライフスタイルはレジリエンスを高めることにつながります。以下、介護スタッフ様におけるレジリエンスを高める方法を簡単にご紹介します。
・ソーシャルサポートを受ける
仕事をしていて辛い気持ちになったときに話を聴いてくれる、一緒に解決策や対応策を考えてくれる人はいますか? 職場でもプライベートでもいいのです。職務内容で困ったときのスーパービジョンや、自身のワークライフバランスへの職場の理解や対応策について点検してみましょう。
・急がず、焦らず、時には心身を休ませる
自身のストレス解消法はありますか? 「仕事以外の趣味や楽しみによって、気分転換を図る」「仕事とプライベートのメリハリをつけて、退勤したら仕事のことは考えない」「全て一人で解決しようと考えない、他のスタッフの力を借りる」といったことも考えましょう。リフレッシュすると、違った視点から自身の言動やご利用者様との関わり方を再考することができます。
・比較的楽観的に物事を考える
介護スタッフ様はご利用者様や同僚(他職種、施設、事業所)から必要とされ、頼られている存在です。あなた自身の職務について振り返り、自己の有用感を再確認するとともに、時には「頑張っている自分」へのご褒美も奮発してください。自尊感情が高いとレジリエンスは上昇します。
介護職は自立した日常生活を送ることが困難な人をサポートする仕事です。上記のような「人生における様々な困難に前向きに対処する術」を日頃から磨きましょう。
自身の「ストレス」「レジリエンス」のレベルをチェックしよう
人は一般的に他者のことが気になり、よく分かっているつもりでいます。しかしながら自身のことについては客観的に評価・把握することは意外と難しく、冷静な判断や思考力が発揮できないことがあります。
仕事で疲れたときや嬉しいことがあったとき、自身の生活上の変化や課題が生じたときは、自らのストレスやレジリエンスの状況をチェックしましょう。客観的な自己覚知や自己理解の機会となり、自ずと解決策や対応策が見えてくるのではないでしょうか? 自身の感情の疲弊レベルを客観的に知るツールに、筆者が天理大学南彩子元教授と北垣智基講師と共に開発した「支援者支援ツール」があります。
支援者支援ツールの開発経緯
筆者は介護人材の離職防止策を策定するための予備調査として、2015年に中堅以上の対人援助職者にインタビュー調査を実施しました。すると、実際に現場では感情労働があることが確認されました。放置しておくと共感疲労につながり離職に至りますが、「職場のサポート」「自己覚知による学びと自己理解」「それぞれの対処法(上手な気分転換)」という3つの対策を充実させることで逆に共感満足やワークエンゲイジメントに至る(離職と逆)という仮説が得られました。
2016年には先行研究を参考に、697名を対象にストレス要因・レジリエンス要因を特定する調査を実施しました。「仕事を辞めたいと思ったことがあるか」「どんな場面、どの様に乗り超えたか」「仕事をしていて楽しいと思ったことがあるか」といった自由記述項目などを含めたアンケート調査を行った結果(有効回収率79.1%・有効回答率97.5%)、介護現場における「共感疲労」や「レジリエンス」の要因を見つけることができました。
共感疲労の5因子
精神的消耗感
援助者としての規範意識へのとらわれ
利用者との対応場面でのストレス
援助者としての感情管理
心身のストレス反応
レジリエンスの5因子
前向きな気持への切りかえ
人的サポート
自己肯定感
職場のサポート
困難への対処法
自由記述を分析したところ、仕事を辞めたいと思うのは「組織力が発揮できない」「上司が頼りにならない」「関連職種とのコミュニケーションが上手く行かない」が大きく、後は自身のワークライフバランスとの兼ね合いです。例えば育児休業による時短勤務が制度上認められていても、同僚の視線が冷たいと就労継続が困難になる。配置転換や異動も両刃の剣の面が強く、職員の意向が正しく組織や上司に認識されないと、離職のきっかけになるということがわかりました。このように、「共感疲労によるストレス」を増強する要因は介護の仕事そのものではなく、介護の仕事をどのように運用していくかというマネジメントや組織運営、人間関係をはじめとする職場環境の不備にあることがわかりました。
一方で仕事の喜びは、ご利用者様の状態改善やご家族からの感謝の言葉が大きなウエイトを占めていました。またチームで上手く対応できたことの達成感が大きかったです。このように「レジリエンスを増強する要因」は、ご利用者様やそのご家族からの情緒的支援が大きく影響しており、サービスユーザーからの正の反応報酬をチームや組織として引き出せたという実感が効果的に影響することがわかりました。
この調査をもとに「共感疲労」と「レジリエンス」の5因子について評価できる設問を合計60項目作成しました。これが「支援者支援ツール」です。設問に対してどのくらい当てはまるかを得点化し、レーダーチャートに反映させることで、自身の「共感疲労」や「レジリエンス」の状況を可視化でき、対応策を見い出せます。
2017年には現場の対人援助職者600名にツールを活用いただき、どのような効果が得られるのか検証したところ、「自己のストレスやレジリエンスの状況をチェックすることで、自身のポジティブな面とネガティブな面の両方の自己覚知や自己理解が促進され、新たな発見や気づきにつながり、ストレスの軽減・解消法やレジリエンスを保持・強化するための方策について考え取り組むきっかけとなった」といった回答を得ることができました。自身の強みを確認できることは大きな力となります。くわしくは『支援者支援ツール活用ガイド』天理大学ホームページ・天理大学リポジトリ (https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4523/RPT2018001.pdf)をご覧ください。
参考・引用文献:
北垣智基,松田美智子,南彩子(2017)「高齢者福祉施設における介護人材の共感疲労及びレジリエンス要因の分析」『天理大学社会福祉学研究室紀要』19,23-34
松田美智子,南彩子(2016)「高齢者福祉施設で従事する対人援助職者が共感疲労に陥らないためのサポートシステムの解明」『天理大学学報』68(1),79-105
松田美智子,南彩子,北垣智基(2018)「高齢者介護福祉施設における共感疲労及びレジリエンスの構造 ―自由記述結果の質的分析より―」『天理大学社会福祉学研究室紀要』20,13-27
松田美智子,南彩子,北垣智基(2018)「高齢者福祉施設における介護人材の共感疲労およびレジリエンスの構造」『厚生の指標』2018(8),9-14
南彩子(2015)「ソーシャルワークにおける共感疲労とレジリエンス」『天理大学社会福祉学研究室紀要』17,15-23
南彩子(2016)「ソーシャルワークにおける危機介入アプローチとレジリエンス」『天理大学社会福祉学研究室紀要』18,13-25
本稿は、「平成27年度天理大学学術・研究・教育活動助成」および「平成28~30年度科学研究費補助金基盤研究C課題番号16k04234」による研究助成を受けて、天理大学南彩子元教授・北垣智基講師と実施した研究成果の一部であることを申し添えます。一連の調査研究を行うにあたり、調査に快くご協力くださったみなさまに深く感謝いたします。
松田 美智子
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