コラム

2022年1月25日更新

虐待の芽を摘む!「不適切なケア」の事例と改善策から考える高齢者虐待防止策

監修者プロフィール/吉川 悠貴(よしかわ・ゆうき)
東北福祉大学総合福祉学部社会福祉学科准教授、認知症介護研究・研修仙台センター研究部長。高齢者虐待や身体拘束の問題について、介護保険施設や都道府県・市町村等に対する全国調査や、施設等での研修に関わる教材開発・学習環境の評価等を実施。

介護施設における高齢者虐待は、ご利用者様の尊厳を脅かす大変大きな問題です。虐待を防止するためには発生した事案だけに対処するだけではなく、虐待が表面化する以前にあったはずの「不適切なケア」に早い段階で気づくことが大切になります。

そこで今回は、認知症介護研究・研修仙台センターの吉川悠貴氏に監修いただいた上で、同センターの公開資料「養介護施設従事者等による高齢者虐待防止のための事例集」を元に不適切なケアの事例・改善策を紹介します。また、不適切なケアの観点から、高齢者虐待を防ぐために重要なポイントも解説します。

不適切なケアとは?

不適切なケアとは、明確に虐待であるとは言い切れないものの、適切であるとも言えないような「グレーゾーン」のケアを指します。例えば、以下のような行為は不適切なケアと言えます。

  • 友達感覚で接したり子ども扱いしたりする
  • あだ名や〇〇ちゃん呼び、呼び捨てにする
  • 威圧的な態度や命令口調で接する
  • 声がけをせずに介助したり、居室に入ったり、私物を触ったりする
  • プライバシーに配慮せずスタッフ様同士で話題にしたり個人情報を扱ったりする
  • 頻繁に「ちょっと待って」と言い、長時間待たせる
  • 日用品や生活に必要な道具が壊れたままになっている
  • ご利用者様からの呼びかけやコールを無視したり、意見や訴えに否定的な態度を取ったりする
  • 食事や入浴介助の無理強いなど、ご利用者様に嫌悪感を抱かせるような援助をする
  • ご利用者様の身体で遊んだり人格を無視した関わりをしたりする
  • ご利用者様やそのご家族の言動をあざ笑ったり、悪口を言ったりする
  • プライバシーへの配慮に欠けたケアを行っている
  • ご利用者様に対して乱暴で雑な介助や、いい加減な態度・受け答えをしている

不適切なケアが改善されないまま放置されると、エスカレートして虐待につながってしまいます。そのため、上記のようなケアを早期に気づき対処することが虐待の芽を摘むために必要になります。

不適切なケア事例の問題点と改善策

不適切なケアが行われる場面では、それぞれ具体的にどのような問題点があるのでしょうか。不適切なケアの事例をもとに、問題点と改善策を解説します。

ケース1:夜勤時の不適切なケアコール対応

まず、夜勤時のケアコール対応が不適切であるとして対策が求められたケースです。

不適切なケアの内容

とある施設ではケアコールのボタンを押しても鳴らない状況になっており、夜勤時にご利用者様を30分近く待たせてしまう事例が発生しました。ご利用者様からの苦情を受けて施設側が調べると、同じようにご利用者様の訴えを無視したり待たせたりする状況が多発していたことが判明し、夜間勤務の体制を整備することになります。

問題点

スタッフ様への聞き取りやリーダー会議などを行った結果、問題点としては主に以下の3つが挙げられました。

①夜勤業務が標準化されていない

1つ目の問題点は、ケアコールへの対応方法、仮眠のとり方、巡回・訪室の頻度など、夜勤のケア手順や勤務方法がスタッフ様によってバラバラだった点です。また、日中の状況を踏まえたご利用者様の個別の留意事項などについて情報が共有されていなかった点も、夜間業務が圧迫される原因の一つでした。

②コールが重なった際の対応について共通の指針がなかった

2つ目の問題点は、夜勤時は常にコールが鳴っている状態でしたが、どのように対応するべきかについて施設全体の共通の指針がなかった点です。1人のスタッフ様が1フロア20~30人を担当していてほかのフロアのスタッフ様によるサポートが得られる状況ではなかったため、スタッフ様個々人の判断に任されてしまっていました。自分以外に頼れる人がいないとスタッフ様の緊張や不安は高まり、コールが重なるといった場面ではなおさらストレスを感じやすくなります。

③ケアコールシステムが夜勤体制に適していなかった

3つ目は、設備に関する問題点です。施設が使用していたケアコール盤は誰かがコールボタンを押している間は他のご利用者様が押しても鳴らない構造でした。そのため、ボタンの解除を行わないままケアなどに取り掛かってしまうと、その間にケアコールを押したご利用者様がいても気づけません。中にはケアコールが鳴らなくなることを承知の上で同様の不適切なケアを行っているスタッフ様もいました。また、コール機から離れると同時間帯のコールに気づくことが難しい構造であったため、他のご利用者様のケアにあたっているとコールへの対応が遅れてしまう形になっていました。

改善策

上記の問題には、まず組織として夜勤時のケア方針や手順を統一する、ケアコール盤を新しくするなどの対応が考えられます。また、間接業務にあたるものを夜勤時の必須業務としない、休憩時間の確保状況などを確認し、過度な負担が生じていないか組織としてモニタリング評価を行うなど、少しでも夜間の業務を少なくする方法も有効です。

チームではスタッフ様がお互いに助け合える体制をつくることで改善できるかもしれません。スタッフ様個人でも、会議の場で意見を出したり施設責任者に状況を知ってもらって対処を求めたりすることは可能です。さらに、ご利用者様一人ひとりのアセスメントを丁寧に行い、夜間に対応に困る行動があればその原因を探して日中のケアから見直すことも重要になります。

ケース2:スタッフ様都合の食事介助

次は、認知症ご利用様の食事介助の際にスタッフ様が行った対応が不適切であるとして問題となったケースです。

不適切なケアの内容

とある施設のスタッフ様は、認知症のあるご利用者様が食事中によそ見をすることから、ご利用者様の耳を引っ張ったり、あごを動かしたりするなどして顔を食事介助がしやすい向きに変えていました。その様子を見ていた別のスタッフ様が「適切なケアではない」と思い、他のスタッフ様に相談して問題が発覚しました。

問題点

上記の行動についてスタッフ様に聞き取りを行った結果、スタッフ様本人が行動を問題視していないことがそもそもの課題であると分かりました。顔の向きを変えてもご利用者様が嫌がる素振りを見せないため、これが虐待につながり得る行動であるとスタッフ様本人は認識していませんでした。

改善策

上記の問題に対しては、以下のような改善策が考えられます。

①自分の言動についてご利用者様の立場からとらえ直す

食事介助に限らず自分の言動が適切であるかどうかは、ケアを受けるご利用者様側の目線で考えると理解できることがあります。しかし、「認知症の方だから、このような対応をしても問題ない(しかたない)」といったスタッフ様の思いが気付きを邪魔することもあります。また、忙しい状態が続くとなかなかご利用者様の視点を改めて持つことが難しい場合もあります。そのため、スタッフ様個人だけではなく組織やチーム全体でも「もし自分が同じようなケアをされたらどう感じるか」を振り返ることが大切です。

②ご利用者様が介助を受け入れてくれない原因を探す

今回のケースは、「ご利用者様本人にとってのよりよい食事環境を提供する」という視点がなく、食事介助という業務の遂行(終了)が第一に目指されてしまっており、その結果として食事が進まない原因が検討されていませんでした。食事介助に限らず、ご利用者様が介助を受け入れてくれない場合は、その原因を探すことが大切です。
 
また、介助を拒む原因はご利用者様によって異なるため、個別に考えていく必要があります。スタッフ様の態度や周辺の環境、身体的な問題、認知機能障害の内容・程度や生活行為への影響など、様々な観点から検討しましょう。

ケース3:強い言葉による行動の制止

最後は、食事準備中のスタッフ様の言動が不適切であるとして問題となったケースです。

不適切なケアの内容

とある施設で食事の準備中、認知症ご利用者様が突然自分のお膳を持ち上げようとしました。そのときは8人のご利用者様の食事準備を1人のスタッフ様だけで対応しており、すぐに手が離せない状況でした。そこでスタッフ様は離れた場所から「○○さん!危ないからやめて!」と大声の強い口調で何度か声をかけました。その様子を見ていた方が疑問に思い、施設管理者に事情を伝えたことで問題が発覚しました。

問題点

スタッフ様全員への聞き取りを行った結果、自立度が以前より悪化してきたご利用者様に対してスタッフ様のマンパワーが足りていないことが問題点として挙げられました。一人ひとりのスタッフ様の負担感が大きく気持ちに余裕がないため、ご利用者様に対して度々高圧的な態度を取ってしまっていました。

改善策

上記の問題の改善策としては、マンパワー不足への対策を検討してもらえるよう、以下のような取り組みを施設管理者に相談することが考えられます。

①人員配置やバランスの工夫の余地がないか

②配膳やその準備といった間接業務の代替・整理ができないか

高齢者虐待を防止するためにスタッフ様ができること

不適切なケアを早期に発見して高齢者虐待を防止するために、何に気を付けてどう行動したら良いのでしょうか。スタッフ様が取り組める対策を紹介します。

施設管理や業務管理を見直す

不適切なケアや高齢者虐待が発生する背景には、スタッフ様の強い負担感が関係していることがあります。業務が多すぎると目の前の作業を終わらすことで精一杯になり、「ご利用者様のために」という意識を持ち続けることが難しくなってしまいます。

負担感を軽減するためには、施設管理や業務管理を見直し、それらに多くかかっていた時間や労力を、本来注力して取り組むべき個別ケアに向けていくことが大切です。

他のスタッフ様が悩んでいないか気にかける

虐待や不適切なケアを防止する上ではスタッフ様が悩みやストレスを抱え込まないことが大切です。ストレスが溜まっている状態が続くと苛立ちやモチベーション低下につながり、それが不適切なケアという形でご利用者様に影響してしまう可能性があります。同僚と積極的にコミュニケーションを取って様子を気にかけて、悩みを打ち明けやすい雰囲気をつくりましょう。

個人ではなくチームとして課題に取り組む

スタッフ様の情報源がバラバラであると、具体的なケア方法についてはすべて個人の解釈や判断に任されることとなり、不適切なケアを招く原因になってしまいます。施設全体で情報共有や意思決定の仕組みを見直し、上司・部下といった立場や介護職・医療職などの職種を越えて課題に取り組むことが大切になります。

介護者都合のケアになっていないか現状をチェックする

不適切なケアを早期に見つけて対処するためには、安易な身体拘束や一斉介護など、ご利用者様の意思や希望を無視したケアになっていないかチェックすることが重要です。介護者都合のケアは「介護してあげる人と介護してもらう人」という力関係を生み出し、ご利用者様の尊厳を無視した不適切なケアの温床となってしまいます。 

ご利用者様の中には、嫌な経験をしても遠慮や負い目などから伝えられない方がいます。また認知症などの理由によって自分の意思をうまく伝えられないケースもあります。これらの事情を考慮した上で日頃のケアを振り返ることが必要です。

目指すべき介護の理念を確認する

不適切なケアや虐待が発生する背景には、スタッフ様の職業倫理の薄れや専門性の欠如が影響していることがあります。そのような事態を防ぐためには、人権擁護やコンプライアンス(法令遵守)の必要性や、専門的なサービスを提供する義務などの基本的な職業倫理・専門性に関して学習することが大切です。そして、ご利用者様の尊厳を守る立場としてどのような介護を目指すべきかを考え、意識を高めることが重要です。

虐待や認知症などについて学ぶ

虐待や不適切なケアを防ぐためには、スタッフ様一人ひとりが、どのような行為が虐待・不適切なケアに該当するのか正しく理解しておくことが大切になります。例えば身体拘束は緊急やむを得ない場合を除いて虐待に当たると考えられていますので、「どういった状況が緊急やむを得ないと判断されるのか」や「緊急やむを得ない場合にはどのような手続きを取るべきか」を学んでおきましょう。また、虐待を受けたと思われる高齢者の多くに認知症の影響がみられていることから、虐待防止には認知症への理解も必要です。 

身体拘束や高齢者虐待については、省令改正により適正化や防止を目的とした研修の実施が施設側に求められていますので、スタッフ様個人の努力だけでなく組織全体での取り組みが重要です。

まとめ

高齢者虐待は、何の兆候もなく突然発生するのではなく、不適切なケアの延長にあるものです。それぞれのスタッフ様がご自身のケアを振り返ったり他のスタッフ様のケアを観察したりして、日常的に小さな虐待の芽を摘んでいくことが大切になります。また、スタッフ様個人の努力だけでなく、チームや組織全体で情報を共有してケアを振り返り、適切な対応を検討・実行していけるように体制を整えることも重要です。


参考:
・認知症介護研究・研修仙台センター、認知症介護研究・研修東京センター、認知症介護研究・研修大府センター「高齢者虐待を考える 養介護施設従事者等による高齢者虐待防止のための事例集

・公益財団法人東京都福祉保健財団「虐待の芽チェックリスト(入所施設版) 

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