2019年2月19日更新
シリーズ:介護施設のリスクマネジメント~事例とよくわかる対処法~(全3回)
【第2回】誤えん事故後の不適切な説明で訴訟へ
著者プロフィール/山田滋(やまだ・しげる)株式会社安全な介護代表、リスクコンサルタント
施設のリスクマネジメントは、介護現場の責任者の方にとって特に気になる事柄かと思います。本コラムでは介護施設で起きた事故を例に、適切な対処法やトラブルの予防法について、リスクコンサルタントの山田滋氏からご紹介いただきます。
今回は、食事介助中に誤えんによる死亡事故が発生し、訴訟へ発展してしまった事例について見ていきましょう。
とある施設(介護老人保健施設)の事例
介護老人保健施設の入所者Mさんは認知症が重い要介護3の75歳男性です。
食欲は旺盛で自力で摂取できるものの、ときどき手づかみで大量に食べ物を口に入れたり、口に食べ物を入れたまま勢い良くしゃべったりするので、日頃から職員が注意して声をかけています。
ある日、Mさんが夕食に出された肉団子を噛まずに飲み込んだため、喉に詰まり苦しみ始めました。近くで他のご利用者様の食事介助をしていた介護職員がすぐに気付き、背中を叩きながら看護師を呼びました。看護師はすぐに吸引を行いましたが、喉の奥に見えている肉団子の塊はビクとも動きません。看護師は急いで救急車の要請を指示しました。駆けつけた救急救命士は鉗子で喉の奥に見えている肉団子を壊し掻き出しましたがMさんは心肺停止となり、病院に搬送されて間もなく亡くなりました。
連絡を受けて病院に駆けつけた息子さんに対して、施設長が次のように説明しました。
「Mさんはえん下機能に障害も無く、普通食と介護計画書にも記載されていますし、ご家族も印鑑を押されています。ですから、この誤えん事故は不可抗力であり施設の過失はありません」。
息子さんは「父が死んだというのにもう責任逃れか?」と声を荒げて怒り、後日訴訟となりました。訴訟では施設長の予想に反して施設の過失を認める判断がなされ、 裁判官の勧告によって施設側の弁護士が和解を受け入れ賠償責任を認めることとなりました。
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施設長の対応はどこが問題だったのでしょうか?
見直すべきポイントを見ていきましょう
1. 事故直後に過失について説明してはいけない
本事例のように、事故直後に事故に関して不適切な説明をしたために、ご家族とトラブルになるという事例は多く見受けられます。救急搬送されるような事故で病院に駆けつけてきたご家族は混乱して大変ナーバスな状態ですから、この場面で決定的な悪感情を持たれるとその後の事故対応は絶対にうまく行きません。
特に、誤えんによる死亡事故では、絶対に施設の無過失を主張してはいけないのです。これは事故の際のご家族対応の鉄則です。理由は二つあります。
一つ目の理由は、誤えん事故における過失の有無は判断が極めて難しいので、「後に過失が判明した」というとき訴訟になる確率が極めて高いからです。
二つ目の理由は、事故でご利用者様が亡くなって数時間も経たないうちに「施設に過失は無い」と断言すれば、「施設に過失は無いと頭から決めてかかっている」とご家族に受け取られてしまうからです。「満足な調査もしないで施設の責任を回避することしか考えていない」など強い悪感情を抱かせる恐れがあります。
本事例のような場面ではどのようにご家族に対応したら良いでしょうか?
まずお悔やみの言葉を申し上げ、ご利用者様ご本人への哀悼の意を表することが社会常識にかなっているでしょう。
もしもご家族から「施設の責任ではないのか?」と責任追及をされてしまったら、次のように家族に伝えれば良いでしょう。
「現時点では詳しい事故状況や事故原因・施設の過失などが判明していません。今後きちんと調査しその結果をあらためてご説明させていただきます。1週間ほどお時間をいただけますか?」
事故直後に施設の責任を追及してくるご家族は、事件をうやむやにされてしまうのではないか、という危惧を抱いていますから、「施設として今後責任ある対応をして行く。」と説明すれば納得してくれます。
えん下機能に障害は無くても配慮を 認知症の方の食事にひそむリスク
さて、本事例の事故では、なぜ施設の過失が認められてしまったのでしょうか?それは、認知症があるご利用者様の誤えんリスクを、施設がきちんと理解していなかったからです。
施設長は「えん下機能に障害は無く普通食なのだから誤えんの危険はなかった、事故は不可抗力だ」としていますが、この説明は間違っています。誤えんのリスクを高めるのは、摂食えん下機能の低下だけではありません。摂食えん下機能に全く問題の無いご利用者様でも、認知症のために誤えんのリスクが高くなることがあるのです。
私たち健常者は無意識のうちに安全な食べ方をしていますが、認知症のご利用者様は知的能力の低下によって安全な食べ方が難しくなります。具体的には、「詰め込み」「早食い」「丸呑み」などの窒息につながる危険な食べ方をするご利用者様がいますから、これらのリスクに対して対策を講じなければなりません。
認知症のご利用者様が多い施設では、例えば「お匙を小さくする」「器を小さくして小盛にする」「ゆっくり食べるよう促す」などさまざまな配慮が必要です。
例えばMさんのように、「手づかみで大量に食べ物を口に入れる」行為がある方に対して、肉団子を切り分けずにそのまま盛り付けることは、裁判でも安全配慮義務を怠っているとみなされてしまいます。
また、丸呑みのリスクは「早食い」や「詰め込み」などの食べ方よりも、危険度が高いので特段の安全配慮が必要とされます。早食いや詰め込みなどで食べ物が喉に詰まってしまったとき、背部叩打法やハイムリック法もしくは吸引などの救命処置を適切に行えば、命を救える確率は高いと言えます。しかし、丸呑みをした食材は咽頭口部という喉の奥に詰まって、吸引などの救命処置で除去することが極めて難しいのです(図参照)。
特に肉団子のような固い食べ物は、吸引をしても全く効果がありませんから、詰まってしまったら手の施しようがありません。本事例の事故でも、救急救命士は口をこじ開け、喉の奥に見えている肉団子を鉗子を差し入れて壊して掻き出したそうですから、詰まった食べ物の除去が如何に困難か分かります。
Mさんの誤えんの状況
舌と口蓋に挟まれた時そのまま喉の奥(咽頭口部)に運ばれる
咽頭口部の下部に詰まり喉頭蓋を押し付け、気管を塞いでしまう
3. 丸呑みの危険がある食材は調理段階で切り分ける
誤えん事故につながる食材は、調理段階で切り分けるようにしなければなりません。できれば、他のご利用者様の食膳の食べ物も同様に切り分けた方が良いでしょう。
ある施設では、認知症のご利用者様の食材のみ切り分けて提供していました。しかし、認知症のご利用者様が隣のご利用者様の食膳へ手を伸ばし、切り分けていない食べ物を食べて誤えんしてしまいました。他のご利用者様には申し訳ないのですが、全てのご利用者様の食材を切り分けた方が無難だと思います。
さて、丸呑みしたとき喉に詰まって窒息するような食材はどのようなものがあるのか、ベテランの管理栄養士に聞いてみました。次のような食材は、喉に詰まると危険なので調理段階で切り分けて提供しているそうです。
里芋の煮物、肉ジャガ、一口大にカットしたコンニャク、南瓜、白玉、もち、団子、大福、ゆで卵、パン、ハンバーグ、焼売、柔らかくなってない煮物の人参、一口がんも、クワイ、黒飴、ベビーカステラ
意外と多くあるので厨房のスタッフ様にも注意を徹底しておく必要があります。
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