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コラム

2019年11月19日更新

シリーズ:弁護士が解説!介護施設のこんなトラブルにご用心

【第1回】転倒や誤嚥などの事故について

著者 西川暢春氏のプロフィール写真

著者プロフィール/西川暢春(にしかわ・のぶはる) 
弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 代表弁護士
東京大学法学部卒業。企業のトラブル事例、クレーム事例、労務紛争の予防と解決を中心的な取り扱い分野とする。事務所として約250社の企業との顧問契約があり、企業向け顧問弁護士サービスを提供。
 
弁護士法人咲くやこの花法律事務所HP

介護施設(事業所)の運営にはさまざまなリスクが伴います。事故による利用者とのトラブル、スタッフ間のセクハラやパワハラなどにより、訴訟・賠償に発展することもあります。
本シリーズでは、毎回異なるテーマを設定し、「具体的にどのようなリスクがあるのか」「リスクを低減するには日々どのような対策を講じる必要があるのか」をご紹介します。
第1回のテーマは、「転倒や誤嚥などの事故について」です。

 

1.介護現場における転倒・誤嚥事故

はじめに、どのようなケースで転倒、誤嚥事故が発生しやすいのかをご紹介します。

1-1.転倒事故について

介護事故の約7割が転倒事故であるといわれています。そして、入所サービスにおける転倒事故は、他の利用者の介助などのために介助者が目を離したわずかな間に起きるケースが36.8%を占めるとされています(公益財団法人介護労働安定センターの平成30年3月「介護サービスの利用に係る事故に関する調査研究事業報告書」)。そのほかには、介助者への遠慮などから介助者を呼ばずに1人で移動し、転倒するというケースも多くなっています。

1-2.誤嚥事故について

誤嚥事故については、通常の食事の場面での発生のほか、例えば、施設内のイベントで十分な誤嚥予防の対策がされていない食事の提供を受けたり、あるいは他の利用者の食事を盗食するケースでの発生も多いことが報告されています。

 

2.転倒・誤嚥事故によるリスク

ここでは、転倒・誤嚥事故に関して、介護事業者が負っているリスクをご紹介します。

2-1.民事上の損害賠償責任が発生する

転倒・誤嚥事故が起きた場合、介護事業者に民事上の損害賠償責任が発生することがあります。
介護事業者は介護サービスの提供にあたって、利用者に対して、「安全配慮義務」を負うとされています。そのため、事故がこの「安全配慮義務」を尽くさなかったことが原因で起こったと判断される場合は、介護事業者は利用者やその遺族に対して民事上の損害賠償義務を負担することになります。

2-2.結果責任ではないが、責任否定のハードルは高い

転倒・誤嚥事故についての損害賠償責任は結果責任(※)ではありません。介護事業者が通常求められるレベルの安全配慮をしても防ぐことができなかった事故や、そもそも予想して対策をすることができないような突発的な事故については、介護事業者は賠償責任を負いません。

ただし、安全配慮義務を尽くしたと認められるために必要なハードルは高く、例えば、「介助者への遠慮などから介助者を呼ばずに1人で移動し、転倒するケース」や「盗食により誤嚥を起こしたケース」などでも、過去に安全配慮義務違反が裁判上認められ、事業者が賠償を命じられています。

また、職員がトイレへの同行をしようとしたが、利用者が同行を拒絶したという、いわば「介護拒絶型」の事例であっても、職員は利用者に介助を受けることを説得すべきだったとして、介護事業者の賠償責任が認められています(横浜地方裁判所平成17年3月22日判決)。

  • 結果責任とは、故意・過失の有無にかかわらず、結果に対して責任を負うこと。

2-3.市町村による個別指導

重大事故を起こした場合や、類似事故が頻発している場合は、市町村による個別指導の対象となることがあります。

 

3.事故発生時の初動対応

万が一、転倒・誤嚥事故を起こしてしまった場合は、正しい初動対応をすることが何よりも重要です。

3-1.正しい初動対応とは

初動対応①:市町村への届出
まず、転倒、誤嚥による死亡、骨折事故などについては市町村への事故報告書の提出が必要です。事故報告は日中の事故であれば事故発生の当日に、夜間の事故であっても事故発生の翌日には行うべきです。事業者の責任の有無にかかわらず、事故報告が義務付けられていることに注意してください。

初動対応②:家族への連絡、謝罪
家族への正確な連絡と謝罪が必要になります。謝罪は、法的な責任の有無にかかわらず行うべきものです。謝罪が法的な責任を認めることにつながるわけではなく、法的な責任の発生を気にして謝罪をためらうことがないようにする必要があります。

市町村への連絡、家族への連絡や謝罪が遅れると、家族の不信感を招き、トラブルの長期化、複雑化の原因になります。正確な事実関係の調査ができていなくても、まずは確認できた事実を報告し、その後、事実関係の調査が進んだ段階で再度報告を行うというように、報告・連絡のスピードと正確性を両立させることが重要です。適切なタイミングで正しい報告・連絡をすることが、介護事故を訴訟に発展させず、早期解決するための重要なポイントになります。

3-2.損害賠償の提示

事故の原因や利用者のけがの程度が確定した段階で、適切な賠償額を弁護士を通じて提示することも、早期解決の重要なポイントです。ただし、賠償額の提示にあたっては賠償責任保険会社との連絡、調整を必ず事前に行っておきましょう。

賠償額については、けがの程度や、要介護者の過失の程度によって大きく異なるため、個別の事案に応じて弁護士への相談が必要です。おおまかには、転倒による骨折事案は1000万円未満となることが多いのに対し、誤嚥は死亡事案が多く、賠償額も2000万円~3000万円にのぼる傾向にあります。

最近の判例の中で、比較的高額の賠償が命じられた事例としては、以下のものがあります。

【事例1】
トイレまで移動中に転倒して急性硬膜下血腫を発症したケース
賠償額:約1100万円

(大阪地方裁判所平成29年2月2日判決)

【事例2】
談話室の配膳台に置かれていた他の利用者のスイートポテトを盗食して誤嚥し、植物状態になった後、死亡したケース
賠償額:約4600万円

(東京地方裁判所平成30年1月31日判決)

 

4.事例に見る、転倒・誤嚥の防止のために必要な考え方

転倒・誤嚥の防止のための工夫は、日々介護の現場で行われていると思います。ここでは、「介護事故予防のためにどのような考え方で取り組めば、法的に介護事業者として責任を果たしたことになるのか」という点について、前述の大阪地方裁判所平成29年2月2日判決の事案を通じてご紹介したいと思います。

4-1.大阪地方裁判所平成29年2月2日判決の事案

この事案は、特別養護老人ホームで深夜に起こった転倒事故です。過去に転倒事故を起こした入所者が、「移動時はナースコールで職員を呼ぶように」と頻繁に声をかけられていたにもかかわらず、ナースコールを押さずにトイレに行こうとして転倒し、急性硬膜下血腫を発症しました。

【裁判所の判断】
裁判所は、上記の事案で、転倒予防のための離床センサーを設置していなかった点をとらえて、介護事業者の安全配慮義務違反があるとして、事業者に賠償を命じました。

【裁判所の判断の理由】
裁判所は、この事案で、事業者の安全配慮義務違反を認める理由づけとして、以下の点を指摘しています。

  • ナースコールを自己判断により押さない者に対して離床センサーを設置することが、転倒事故の予防に効果があると平成18年の学会で発表されていること
  • 本件事故は上記の学会発表から5年以上経過して起こっていること

そして、学会発表から5年以上経過していたことを踏まえて、裁判所は、介護事業者に対して、「自らナースコールを押そうとしない患者に対して離床センサーを設置することが転倒予防に効果があることについて知見を有することを期待することが相当と認められる」としました。

つまり、裁判所は、学会発表から5年が経っている以上、介護事業者として、自己判断でナースコールを押そうとしない者に対する転倒予防として、離床センサーを設置することが効果的であるという知見を当然持っておくべきであり、かつそれを実践しておくべきであったと判断しています。

4-2.常に情報収集し、進歩を続けることこそが重要

上記の裁判所の判断から言えることは、少なくとも現在の介護の実務で転倒リスクの高い入所者に対し、離床センサーを設置しなければ、安全配慮義務違反になる可能性が高いということです。しかし、この判例から学ぶべきは、その点だけではありません。

前述の裁判所の判断からは、事故予防の手法について、現状の対策やマニュアルでよしとしてはいけないことが分かります。事故予防に関する情報を常に意識して収集し、新たに有効な手法が見出されたら、合理的な期間内(例えば5年以内)に、それを介護の現場で実践していくことが求められている点に注意する必要があります。

離床センサーについても、転倒予防に有効であることが報告される一方で、離床センサーが鳴っても職員の駆け付けが追い付かず、転倒予防に役立っていないというケースもあることが言われており、万全の方法ではありません。現在ベストとされている方法にこだわるのではなく、常に進歩を続けることこそが求められています。

事故予防の工夫が常に進化している以上、その進化に対応していかなければ、安全配慮義務違反とされてしまうということを、介護事業者として認識しておく必要があります。

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