コラム

2021年6月29日更新

シリーズ:介護現場で使える!コミュニケーション術(第5回) 

【第4回】ご利用者様を元気にする言葉がけ

著者プロフィール/尾渡順子(おわたり・じゅんこ)
介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員、認知症ケア上級専門士、介護予防指導士、介護教員資格等を取得。介護技術や認知症介護、コミュニケーションに関する研修講師も務める。 
2014年、アメリカ・オレゴン州のポートランドコミュニティカレッジにて、アクティビティディレクター資格を取得する。2018年4月より医療法人中村会 老健あさひなに勤務し認知症介護レクリエーション実践研究会を立ち上げる。現場において高齢者に「人と触れ合う喜び」を伝え、介護従事者に「介護技術としてのレクリエーション援助」を広める一方で、介護情報誌やメディアにおいて執筆などを手掛けている。著作として「みんなで楽しめる高齢者の年中行事&レクリエーション」(ナツメ社)、「おはよう21増刊号 楽しい!盛り上がるレクリエーション大百科」(中央法規出版)、「介護現場で使えるコミュニケーション便利帖」(翔泳社)、「介護で使える言葉がけシーン別実例250」(つちや書店/滋慶出版)、「笑わせてなんぼのポジティブレクリエーション」(日総研)、「DVDレク担さん必見!もう悩まない 笑顔を引き出す介護レク入門」(BABジャパン)、「認知症の人もいっしょにできる高齢者レクリエーション」(講談社)などがある。

皆さん、こんにちは。本シリーズも4回目になりました。第1回では「信頼関係を結ぶ声がけのコツ」、第2回では「ご利用者様を不安にさせる言葉がけ」、第3回では前編後編に分けて「傾聴のコツ」をご紹介させていただきました。
 
第4回では今までより1歩前に進んで、「ご利用者様を元気にする言葉がけ」についてお話しします。

尊重されることで、人は元気になれる

皆さんは、「パーソンセンタードケア」という言葉を聞いたことがありますか? イギリスの学者、トム・キットウッドが提唱した「認知症であっても1人の“人”として尊重し、その人の視点や立場に立って理解し、ケアを行おう」という認知症ケアの考え方の一つです。
 
実は、このパーソンセンタードケアについて、私自ら「1人の職員として尊重されている」と感じた経験があるので、まずはその話をしましょう。
 
私は介護職として、ひと月に1、2回ほど他のフロアにヘルプ(お手伝い)に行かなくてはならない日があるのですが、そのときは前日から憂鬱です。フロアの人間関係や雰囲気が合わないわけではなく、慣れないフロアで慣れない職員やご利用者様に接し、神経を使うのでしょうね。また、お手伝いに行くフロアはおむつ交換をするご利用者様が多いので、腰痛の原因になったりもします。 
 
ある日も憂鬱な気分でヘルプをしていましたが、午後に、職員から「尾渡さん、おむつ交換お願いします」と言われました。すると、その様子を見ていたもう1人の先輩職員が「どうして尾渡さんだけいつもおむつ交換なの。日勤なんだから見守りでいいでしょ? ヘルプだからって何でもやらそうなんて、そんなの可哀そうじゃないの」と言ってくれたのです。 
 
そのとき、じわーっと「自分は大事にされている」と感じました。「可哀そうじゃないの」なんてしばらく言われたこともありませんでしたし、「気にかけてもらっている」、「(ヘルプというよそ者ではなく)1人の職員として尊重されている、大事にされている」と感じる言葉がけは、俄然、私を元気にしました。「ヘルプ」の心細さにも触れてくれ、自分の気持ちを理解してくれていることが伝わりました。
「いいのよ。大丈夫よ。私、おむつ交換、大好きだから!」 
なぜかそんな言葉が私の口から飛び出して、元気よく仕事に取り掛かりました。その日はちっとも腰痛は出ず、楽しくヘルプの仕事に没頭できました。
 
また、以前の職場では1年に一度、施設長との個人面談がありました。デイサービスの主任をやっていたときは、「面談で主任としての評価について何か言われるのではないか」と緊張して臨みましたが、最初に施設長から出た言葉は「身体は大丈夫ですか? 身体に不安があるところはありませんか?」という言葉でした。 
 
これにも大変感動しました。まず身体を気遣ってくれている。真っ先に身体のことを聴いてくれた、こんな嬉しいことはないと思いました。人間って「たった一つの言葉がけ」でこんなにも元気になれるものなんだと感じたのです。このような経験から、私のご利用者様に対する態度も言葉がけも変わってきたように感じます。 

まずは元気に挨拶、そして笑顔を忘れない

朝、出勤したあと、私はご利用者様の各テーブルをまわります。このとき、笑顔を携えて(と言ってもコロナ禍ではマスクで顔が見えませんが)、明るい声で「おはようございます」と挨拶することを心掛けています。 
 
笑顔は「私はあなたの味方ですよ」というサインになりますから、ご利用者様もとても穏やかな表情を返してくれます。挨拶はコミュニケーションの基本です。挨拶から1日が始まると言っても過言ではありません。 
 
「今日も1日、お願いしますね」 
「身体の調子はどうですか?」 
「何か困っていることはありませんか?」
「昨夜はよく眠れましたか?」
 
このように、ご利用者様が「自分を大事にしてもらっている」と感じる言葉がけをします。 

  • 元気な挨拶と笑顔でご利用者様が安心することを表す4コマの漫画。  1コマ目、朝の8時30分にご利用者様が「あ、あのう…」と介護スタッフに声をかけているが、介護スタッフは「あー忙し忙し」と言いながら別の仕事をしておりご利用者様の呼びかけに気づいていない。  2コマ目、介護スタッフが「えーっと、次はタオルタオル」と相変わらご利用者様に構わず忙しそうにしており、ご利用者様は「どうせあたしなんか気に留めてももらえない…」と落ち込んでいる。  3コマ目、同じく朝の8時30分に、べつの介護スタッフがご利用者様に「おはようございます!よく眠れましたか?」と声をかけ、ご利用者様がハッとしている。  4コマ目、ご利用者様がスタッフに声を掛けられたことで「あー大切にされてるって感じ…」とじんわりと安心を感じている様子のご利用者様。

ご利用者様が不安になって相談を持ち掛けてくる場合は(帰宅願望が多いのですが)、明らかに思い違いであったとしてもご本人にとっては事実であるわけですから「それはお困りでしょうね」「大変ですね」と、まずは共感の言葉から入ります。 
 
認知症で記憶があいまいになり、対象のないものに怒ったり、不安になっていたりするときも、「それはひどいですね。〇〇さんがお気の毒です。すぐにお調べしますね」とそのご利用者様を中心に置き、その方の立場に立って理解を示す言葉がけをします。すると、表情が和らぐのです。「味方ができた」と思うのでしょうか、落ち着く様子が見られます。 

  • ご利用者様を中心に置き、その方の立場に立って理解を示す言葉がけを表す4コマの漫画。  1コマ目、ご利用者のAさんが「おかしいおかしい、封筒に入れた100万円がない」とあたりをキョロキョロと探し回っている。  2コマ目、Aさんに対して介護スタッフBが冷たい様子で「まーたそんなこと言ってる。100万円なんて最初からないの!!」と言ったことで、ご利用者様が「たしかにあったのよ!!今まであったんだから!!」と怒ってしまう。  3コマ目、別の介護スタッフCが、Aさんに「Aさん100万円がなくなったんですって?それは大変!!」と共感する声がけをしたことで、ご利用者様が「あ…わかってくれる人もいるんだ…」と感じている。  4コマ目、介護スタッフCがAさんに「タンスの上にあったから職員が息子さんに渡しておいてくれたんですって」と伝え、安心したAさんは「良かったわ〜」と喜んでいる。

コミュニケーションの5つのテクニック

ここでは、より良いコミュニケーションのための5つの法則をご紹介します。 

①好意のお返し(返報性の原理)
人は他人から何か施しをしてもらうと、「お返しをしなければならない」という感情を抱きます。 

②第一印象の影響(初頭効果)
最初に与えた情報が、相手に対して大きな影響を与える(印象に残りやすい)効果があります。 

③顔を合わせる回数
会う回数が多くなるほど、相手への好感度も比例して上がります。 

④相手を真似る(ミラーリング効果)
相手が取っている動作に対して、自分も動作を合わせる方法です。相手への尊敬を示すことができ、好意を持っていると感じてもらえます。

⑤同情する心理(アンダードッグ効果)
人は、可哀そうな人に同情し、困っている人に手を差し伸べたくなります。

認知症のご利用者様の中には、何でもかんでも「自分の物」と言って奪おうとする方がいます。ともすればその方を否定し、職員が自分自身を正当化することで余計に怒らせてしまうこともありますが、上記のテクニックを活用することで、むしろご利用者様を元気にすることも可能です。 

  • コミュニケーションの5つのテクニックを表す4コマの漫画。  1コマ目、認知症のあるAさん(女性)が「あのCD機器あたしのなのに。あの歩行器もあたしのよ。」と、施設の備品であるCD機器と他のご利用者様が使用している歩行器を指さして自分の物であることを主張して怒っている。  2コマ目、Aさんが手をパンパンと叩きながら「返して!返して!」と怒っており、2名の職員が「認知症だからね」「Aさんにとってはみーんな自分の物だもんね」とひそひそ話している。  3コマ目、Aさんのなじみの職員がAさんに近寄り、パンパンと手をたたきながら怒っているAさんに合わせて自分も笑顔でパンパンと手をたたきながら「Aさん、いつもいろいろな物を貸してくださってありがとうございます。みんなAさんのお陰で助かっているのよ。Aさんには感謝しかありません。必ずお返しします。」と伝えている。  4コマ目、なじみの職員からの言葉にAさんは「あら!いいのよ!困ってるときはお互い様!いつでも使ってちょうだい。」と機嫌を直してくれた様子。

この4コマ漫画には、上記でご紹介した5つのコミュニケーションテクニックを織り込んでいます。ぜひ参考にしてみてください。 

①好意のお返し
→明るい言葉がけ(感謝しかありません)に対する、明るい返事(あら、いいのよ!)

②第一印象の影響
→職員のニコニコした表情
 
③顔を合わせる回数
→なじみの職員が対応
 
④相手を真似る
→手をパンパン叩く動作を真似している
 
⑤同情する心理
→ご利用者様の「困っている時はお互い様!」というお返事

ご利用者様の意思を尊重しよう

「どうせ何もできないのだから」とご利用者様の気持ちを無視してしまうような状態が続くと、職員の意識が鈍化して、ご利用者様を放りっぱなしにしたり、あげくは何も言わずに車いすを押してトイレや居室へ連れて行ったりするようになってしまいます。
 
ご利用者様には「これから何をするのか」「どこに行くのか」「このあとどんな楽しいことが待っているのか」をお伝えするようにしましょう。これは当たり前のことです。なかなか気付かないことですが、ご利用者様が自主的に生活を送るためには、周囲の意識の変革も必要です。
 
また、要介護者となり施設入所などをされているご利用者様は職員の管理下に置かれることが多く、「危ないから◯◯をしないで」と行動制限をされてしまうことが多々見受けられます。
 
もちろん事故が起こっては本末転倒ですから、全てご利用者様の意思に任せるわけにはいきませんが、時には、その方が「できそうなこと」「やりたがっていること」を実現できるよう、お手伝いをしてみませんか? ご利用者様が「自分の好きなこと」をしているときの表情を見てみてください。生き生きとして、自分らしさ全開な様子がわかるはずです。

  • ご利用者様の意思を尊重している様子を表す4コマの漫画。  1コマ目、ご利用者のAさんが紙とはさみを使ってなにかを作ろうとしているところに、職員Bが「あーAさん、はさみなんて危険!!やめてください」と止めに入り、職員の言葉にAさんは「はさみなんていつも使っていたのに。私は何もさせてもらえないのね。」と落ち込んだ様子。。  2コマ目、職員BがAさんに「危ないから座っていてくださいね。」と声を掛けるが、Aさんは「何もすることがない…」とただぼーっとすることしかできず退屈な様子。  3コマ目、別の職員CがAさんのもとへ来てエプロンを見せながら「Aさん、お裁縫得意でしたよね?エプロンのボタンが取れてしまったんです。つけていただけませんか?」とできることを提案し、Aさんが「え?あたしにやらせてくれるのかい?」と嬉しそうな様子。  4コマ目、数カ月後、Aさんが裁縫で手作りした作品を見せながら「みーんなあたしが作ったの!エプロンも雑巾もこのクッションカバーもバッグも」と嬉しそうに職員Cに話しており、職員Cは「す、すごーい」と驚いた反応をみせている。

  • 針やはさみなど事故につながりやすい道具を使用する場合は必ず職員がつき、道具の紛失がないよう気を付けましょう。 

「ありがとう」はご利用者様の意欲を引き出す

以前、特養施設で「ありがとうシート」というツールを作ったことがあります。これは、職員がご利用者様に向かって「ありがとう」と言ったときの、その方の反応を記す表です(記入するのは職員)。この取り組みはご利用者様に自信や生活意欲を持っていただくのに有効で、複数の職員からも「ご利用者様が元気になった」という報告を受けました。
 
例えば、記憶障害はあっても掃除はとても上手にこなす、認知症フロアにご入居されているAさん。お掃除をお願いすると「まったく、あなたたちの掃除は見ていられないわ。あたしに任せておきなさい」と、生き生きと掃除をしてくださるようになりました。
 
Aさんは中等度認知症でしたが、身体機能は高く、何もさせてもらえない環境にうんざりしていました。かといって何かをするにはやり方がわからなかったり、作業を全うする段取りに自信がなかったりで、「仕事をする自分」をあきらめてしまっている様子でした。もともと商店のおかみさんだったAさんは、自分でお店を切り盛りしていたのだと思います。「まったく、あなたたちの掃除は見ていられないわ」という言葉に当時の姿を垣間見た職員が、お掃除をお願いしたのでした。すると、まだご自身が役割を持てることに、そして人から感謝されることに喜びを感じているAさんのご様子が、手に取るようにわかりました。
 
タオル畳みや新聞広告紙のゴミ箱作りなどをお手伝いしてくださる方は多いですが、ご利用者様の「その方らしさ」を生かせるよう、お願いすることの幅をもっと広げてみましょう。「ありがとうございます」を言う回数を増やしたりする研修を行ってみてはいかがでしょうか。
 
ご利用者様の「やりたいこと」「やっていたこと」「できること」を知るのはとても大切です。第5回でも述べますが、例えば、ご本人やそのご家族との会話、あるいは人生歴から「できそうなこと」「やりたそうなこと」を見つけることができます。それを職員間(多職種)で共有し、「ご本人との接し方」や「やる気の引き出し方」を導き出すことが、その後の心身の自立、生活意欲に関わっていくのです。 

【参考:ご利用者様ができそうなことリスト】 

ご利用者様ができそうなことリストの表

仕事ができなくても、感謝を伝えることは大切

ありがとうシートを作成した際に、「仕事ができない人は対象外ですか?」という質問を職員から受けましたが、そんなことはありません。おしゃべりをしたあとは「お話をしてくださってありがとうございます」でいいですし、おむつ交換の際は「お尻を上げてくださってありがとうございます」でいいのです。

ある職員は、ご利用者様に「◯◯さんはいてくれるだけでいいんです」「朝、出勤して◯◯さんの顔を見るとほっとします」「◯◯さんとお話をすると私、元気が出るんです」と話したそうですが、それで十分。たとえお仕事ができなくても、感謝の言葉を伝えてみてください。その方を尊重し、認めて差し上げることが、パーソンセンタードケアを実践するうえでの大切なポイントです。

最後に、感謝を伝えることの大切さを実感したエピソードをご紹介します。それは、褥瘡予防研修を行ったときのことでした。実際に褥瘡のあるご利用者様をモデルにする研修でしたが、もちろんご本人の承諾が必要です。数人の方にお声がけしたものの、返事はどれも「No」。がっかりしていると、96歳の寝たきりのご利用者様が、こんなことをおっしゃってくださいました。
「僕がモデルになろうか。こんなことでしか役に立てないから」 
私は胸を打たれました。ご利用者様自身も「何かの役に立ちたい」と思っているのだなあと、心から実感できた経験でした。泣きそうになりながらお礼を伝えると、その方は本当にうれしそうに目を輝かせて、モデルに協力してくださいました。顔を紅潮させながら微笑んでいらっしゃったその方のご様子は、今でも鮮明に思い出すことができます。

たとえご利用者様に仕事ができなくても、感謝を伝えることで、その方の自信や意欲を引き出すことができるのです。皆さんも、ご利用者様が日々を元気に過ごせるよう、意識的に感謝の気持ちを伝えてみてはいかがでしょうか?

次回は、本シリーズの最終回です。私の得意分野であるレクリエーションについてお話ししますので、ぜひご覧ください。 

編集:花王プロフェッショナル業務改善ナビ【介護施設】編集部 

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