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コラム

2022年6月28日更新

燃え尽き症候群(バーンアウト)の兆候~心の悲鳴に耳を傾けよう

著者 久保真人氏のプロフィール写真

執筆者プロフィール/久保 真人(くぼ・まこと)
同志社大学 政策学部・総合政策科学研究科 教授
1983年京都大学文学部卒業。88年同大大学院文学研究科博士課程中退。
1999年同大大学院文学研究科博士(文学)取得。
1988年大阪教育大学教育学部助手、2004年同志社大学政策学部助教授などを経て、2006年より現職。専門は組織心理学。
著書に『バーンアウトの心理学――燃え尽き症候群とは』(サイエンス社/2004年)など。

公益財団法人介護労働安定センター「― 平成28年度介護労働実態調査(特別調査)について―~介護労働者のストレスに関する調査~」によれば、仕事や職業環境に関する不安・悩み・ストレスに対して85.8%が「ある」と回答。ストレスが高まることで燃え尽き症候群(バーンアウト)の症状が悪化し、結果的に労働者の離職意向が高まることが分かりました。

燃え尽き症候群は介護スタッフのような、心理的負荷がかかりやすい「人」に寄り添う職業に就いている方に特に多く見られる症状です。燃え尽き症候群にならないためには、施設全体で働きやすい環境を整える必要もありますが、燃え尽き症候群の兆候にスタッフ自身で気付くことも大切です。

そこで今回は、燃え尽きが理由で離職せざるを得なくなったといった事態にならないよう、燃え尽き症候群の兆候と、個人でできる対処法を久保真人氏に解説いただきます。

  • 本媒体では、介護施設等の入所者は「ご利用者様」、施設職員を「スタッフ様」と表記しておりますが、本記事では「利用者」「スタッフ」としております。

燃え尽き症候群とは

【事例】燃え尽き症候群が現れた瞬間

女性スタッフのイメージイラスト

【プロフィール】

  • 山田花子(30歳)(仮名)
  • 介護職歴8年目 特別養護老人ホームでケアマネジャーとして働く
  • 独身
  • 何事も最後まで手を抜かず取り組む真面目な性格
  • 介護の仕事は自分の天職だと思っている
  • 長時間労働、残業も多い
  • オフのときでも仕事のことが気になる

特別養護老人ホームでケアマネジャーとして勤務する山田さんは世話好きで仕事熱心。ユニットリーダーとして、夜勤や休日など皆が嫌がるシフトも「私、暇だから」と笑顔で率先して引き受けていた。しかし、いわゆる困難事例を抱えたときから山田さんの試練が始まった。新しい利用者は、周りの人との争いが絶えない。これに加えて、力を合わせなければならないスタッフの間にも些細な言い合いが前にもまして目立ってきた。利用者やスタッフの心中を思って我慢強く対話を繰り返してきた山田さんだったが、状況はいっこうに改善されず、また山田さん任せのスタッフの態度に、徒労感が澱のようにたまっていった。そしてある日、ベテランスタッフが言った「あんたにはリーダーの仕事は無理」という一言で気持ちがポッキリ折れてしまった。それ以来山田さんは出勤しなくなった。施設の同僚が自宅を訪ねると、散らかった部屋の中に能面のように無表情な山田さんが座っていた。

燃え尽き症候群の主な症状

介護士や看護師、教員など、人にサービスを提供する職務の人の間で、普通に仕事をしていたにもかかわらず、急に「燃え尽きたように」意欲を失い、休職・離職する例が多数報告されています。最初から意欲の低い人であったならば、事態はそう複雑ではなかったでしょう。しかし、それ以前は精力的に仕事をこなし、まわりの人たちからも一目置かれる存在であったなど、その前後の落差が大きいだけに、同僚や上司もまさに「燃え尽きた」としか言いようもなく、ただ驚くことしかできません。

体を動かすと身体は疲労し「疲れた」と感じます。これは身体の活動によりエネルギーを消耗しているからですが、家に帰って食事をし、お風呂に入って、好きなドラマを観るなど、十分な休息が取れればエネルギーは回復していきます。ただ、寝ても食べても、何かすっきりしないという経験はないでしょうか。あるいは、お腹がすいているはずなのに食欲がない、疲れているはずなのに眠れないなどの状態は、ストレスが蓄積し“心のエネルギー”が失われている可能性があります。燃え尽き症候群とは、このような心のエネルギーの消耗が原因となって起きる状態です。

燃え尽き症候群は心のエネルギーが枯渇した状態

身体の消耗に比べ見逃されがちですが、私たちの心も消耗しています。生活のさまざまな側面が機械化され、身体への負荷が少なくなってきている現代社会では、むしろ心のほうがはるかに激しい消耗のサイクルにさらされていると言えるかもしれません。特に介護など対人援助サービスを仕事としている人たちには、相手の気持ちを思いやり、その振舞いを受け入れ、私的な問題にまで分け入って解決していくことが求められる場合があります。相手への共感性が高く、誠実な人ほど関係に巻き込まれ、気づかないうちに心のエネルギーが奪われていきます。日常的に消耗が繰り返されると、やがて心のエネルギーは枯渇してしまいます。こうなると、喜び、怒り、感動など、感情経験そのものを失ってしまいます。これが、燃え尽き症候群と呼ばれている症状です。

燃え尽き症候群のプロセス

燃え尽き症候群の原因には、個人の要因と環境の要因があります。冒頭の事例は、燃え尽き症候群に陥りやすい人、そしてその環境を端的にエピソードにしたものです。

燃え尽き症候群は「理想に燃え、使命感にあふれた人を襲う病」と言われています。介護サービスは、人が相手の仕事だけに成果は見えにくく、達成感はなかなか得られにくい職務だと言えます。特に困難な事例を担当した場合、誠実な関わりが必ずしも報われるとは限りません。責任感が強く、仕事に一途に取り組む人ほど際限なく続く周りからの要求に応えていくうちに強い「消耗感」を経験することになります。

消耗感は、他の症状への引き金となります。以前は細やかな気配りのできていた人だったのに、利用者の事情や人格を無視した紋切り型のふるまいが見られるようになります。消耗感が一線を越えるとあらわれてくる仕事への「冷笑的態度」です。職場の同僚にも批判的な視線を向け始めます。これらの行動は、さらなる消耗から自分を守る行動だと考えられています。献身的な努力が報われないことを、利用者や職場など、自分以外の原因にあると思いたい気持ちが背景に隠されています。

消耗感や仕事への冷笑的態度は、対人援助者が提供するサービスの質そのものに影響を与えます。仕事は投げやりとなり、利用者あるいは上司、同僚との関係もギクシャクするようになり、仕事の成果は落ち込んでいきます。それまで高いレベルのサービスを提供し続けてきた人だけに前後の落差は大きく、質の低下は明白です。成果の急激な落ち込みは「職務効力感の低下」となってあらわれます。この時、仕事にやりがいと誇りを感じていた人ほど、仕事の質の低下は強い自己否定と結びついていきます。

最後の砦は仕事のやりがい

このように「消耗感」「冷笑的態度」「職務効力感の低下」の順で進行していくのが、燃え尽き症候群の典型的なプロセスです。(図1参照)。

図1 燃え尽き症候群のプロセス

燃え尽き症候群のプロセスの図

ストレスが蓄積し、休息で回復できなくなると「消耗感」、そして防衛反応である「冷笑的態度」が起こります。消耗感と消耗を防ごうとする反応が繰り返される、これが「燃え尽き」のサイクルだと言えるでしょう。ただ、消耗を重ねながらも、職務効力感、つまり仕事へのやりがいは保たれている状態です。「燃え尽き」から燃え尽き症候群に至る最後の砦が職務効力感です。「燃え尽き」のサイクルの中で職務効力感が何かのきっかけで失われると(先のエピソードではベテランスタッフの心無い一言がそれにあたります)、これまで支えてくれていた“盾”を失い、自分と仕事をつないでいたものが切れてしまいます。この状態が燃え尽き症候群です。

この状態がそのまま離職につながる場合もあります。また、職場に戻れたとしても、意欲の低下や目的意識の喪失などその人の働き方そのものを変えてしまう可能性もあります。燃え尽き症候群は仕事への不適応状態であって、医学的な意味での病気ではありません。しかし適切な対処を行わないと鬱病などの精神的な疾患につながる恐れもあります。

個人にとっては職業上のキャリアを失い、心身の健康を損なうような事態を招くことにつながり、職場にとっては貴重な人的資源の損失に結びつくリスクとなっています。本人はもちろんですが、上司や同僚など周りの人たちにも、燃え尽き症候群の兆候を感じたら適切な対処を行うことが求められています。

燃え尽き症候群の兆候と対処法

燃え尽き症候群の兆候

日々の仕事や生活のなかで解消されないストレスの蓄積から燃え尽きのプロセスが始まります。短い間で解消されるストレスは問題ありません。むしろストレスのない生活は、単調で退屈な毎日の繰り返しだと言えます。問題なのは、解消されないストレス、慢性的なストレスを抱え込んでしまったときです。

2015年12月より50人以上の労働者がいる事業所でストレスチェック制度の実施が義務づけられました。チェックリスト中にある「ひどく疲れた」「よく眠れない」などが、解消されないストレスにより引き起こされた心身の状態にあたります。このチェックリストの多くの項目に当てはまってしまう場合、燃え尽き症候群などストレス性疾患のリスクが高まっていることを意味します。とりわけ、「よく眠れない」という状態は、ストレスが蓄積し始めた初期にあらわれる、わかりやすい危険信号であることを覚えておいてください。

燃え尽き症候群に限って言えば、自分にとっても、また周りの人にとっても、「燃え尽き」のサイクルにあることの明白なサインとなるのが、仕事への「冷笑的態度」に伴ってあらわれる言動です。燃え尽きる人は、もともと真面目で誠実な人が多いので、投げやりな態度や同僚・利用者への悪口は、それまでの言動との落差から、周りの人が気づきやすい兆候だと言えます。

燃え尽き症候群への対処法

真面目に仕事に取り組む人たちは必ず燃え尽き症候群に陥ってしまうのでしょうか。実際には、長く質の高い仕事を続けている人もいらっしゃいます。このような人たちに話を聞くと、さまざまなノウハウを語ってくれますが、共通しているのが「突き放した関心」と呼ぶべきスタンスです。「突き放した関心」とは、利用者あるいは同僚に共感しながら一定の距離を取るスタンスで、具体的に言えば周りの人と接する仕事上の役割としての自分と、個人としての自分とを区別することを指しています。冒頭の事例も、“二つの自分”を分けて考えられなかったために起こった悲劇だと言えます。

介護サービスの現場では、個人の力ではどうしようもないさまざまな制限がかかっています。その中で最善のサービスを届けるのが仕事上の役割であり、その結果、例えば相手から叱責や苦情を受けたとしても、自分個人に向けられたものではなく、仕事上の役割に向けられたものと割り切って考えることが自分を守る上で大切なのです。このスタンスを身につけることが、高いレベルの仕事を維持しながら燃え尽きないための対処法だと言えるでしょう。

ただ、このつかず離れずの態度は、容易に習得できるものではないでしょう。方法論として知っていることはもちろん大切ですが、やはりさまざまな経験を通じて自分なりの“落とし所”を見つけていくことになります。最初のうちは、技量の限界を感じることがあるかもしれませんが、逆の言い方をすれば、技量の範囲を超えて関わろうとしたときに「燃え尽き」のサイクルに立ち入ってしまうことになります。

まとめ

最後に付け加えておきたいのは、燃え尽き症候群は常に否定的な結末をもたらすわけではないということです。むしろ、それを契機として仕事への関わり方や個人の価値観の変化など、肯定的な変化や成長が期待できるといった側面もあります。実際、燃え尽き症候群に類する体験がキャリアの節目となり、「専門職としての心構えや技量に広がりを持てた」「自分なりのスタンスを確立できた」と語る人たちも少なくありません。この意味で、燃え尽き症候群は行き場のない終着点ではなく、長い旅路の中継点であり、折り返し点であるのかもしれません。

参考文献:
・久保真人 「バーンアウトの心理学」2004年 サイエンス社

・ハーバード・ビジネス・レビュー 2021年7月号 特集「バーンアウトの処方箋」 ダイヤモンド社

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